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森見登美彦 著「きつねのはなし」考察その3 歴史の時間

この作品では4つの物語が語られますが、それぞれ別の”私”が語り手となっていて、それらの関係については明示されていません。独立した話として楽しむのもよいのですが、どうしても「何か繋がりがあるんじゃないか、いや繋がっていてほしい」と考えてしまいます。

繋がりを見る前に、各物語内の主要イベントがどういう順序で起こっているのか、初見でよくわからなかったり誤解してしまうことが私にはありました。そこで、各物語内の時系列をまずは整理したいと思います。

注意:これより下には小説「きつねのはなし」のネタバレがあります。

1.きつねのはなしの時系列

この話は時間軸を行ったり来たりがほとんどありません。祭りの記憶などをたどったりするのですが、特に混乱もないので歴史の時間では深く取り上げません。

2.果実の中の龍の時系列

ここでは、まず”私”自身の話と先輩の話を分けないと混乱します。

先輩の言っていることが事実としてまとめてみようとすると、芳蓮堂のアルバイトの時期がいつからか、帳尻合わせが難しかったりします。仮に事実であったとすると、次のような順序で話が展開されています。ここで2回生の時にナツメさんがケモノは工事で発見され以来100年と言っています。直次郎がケモノを発見したのが1887年くらいなので、この話を聞いたのが1987年前後になります。

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ただ、本人がホラ話というだけあって、辻褄が合わないところがあります。例えば:

・芳蓮堂バイト最終日に須永さんから根付をもらったといい、そのあと天満屋と行った屋敷でナツメさんからも根付をもらっています。
・外国人の父は戦後すぐに京都に来て大宴会を目撃していますが、樋口家の大宴会は戦争中、次は1997年頃に起こっています。

この考察では、先輩の話は内容をいろいろ調整したものであり、実際にどこかでこの時系列では起こってはいない、と考えます。

3.魔の時系列

この話はもとから”ケモノ”を知っていた3人と、その兄弟というワンクッション置いて関係を持つ先生が”ケモノ”に憑かれるという、読み返しても楽しめる作品です。実際に何があったかは付き合いの長い3人の視点からの方が分かりやすそうです。

西田兄・夏尾・秋月視点:

・小学生のころ:夏尾が幼ケモノと遭遇、ペット状態になる
・小・中学生:ケモノが力をつけていって西田兄・秋月が危惧
・中三の時:西田兄と秋月が夏尾の若ケモノを襲撃・沈める。それを秋月が救出
・高一の時:秋月が憑かれて人を襲う。それを西田兄(と夏尾?)が襲撃。秋月重傷、ケモノは隔離される
・高二の6月頃:西田弟の家庭教師がケモノに憑かれているのを3人が確認
・高二の8月:家庭教師を襲撃するも反撃される
(この後、家庭教師が”私”として当時を回想したのが「魔」)

4.水神の時系列

作品のラストに、これまでの物語にあった魔の存在をより具体的に書いた物語がきます。琵琶湖疎水100年の歴史と樋口家の関係が、複数人の視点から語られるので、最初読んだとき、途中直次郎と曾祖父の話がごっちゃになってしまったり、大宴会が何回あったっけ?とかなったり、混乱してしまいました。一回整理しておこうと思います。

この話では、それ以前の物語とは違って具体的に何年かが書かれている事象が複数あります。

1885 第一琵琶湖疎水プロジェクト開始(直)
1897 鹿ケ谷に居を構える(直)
1925 大正の終わりごろに大宴会(直)
1941 奢侈禁止令で事業に打撃(曾)
1943 戦争が悪化したころ大宴会(曾)
1940前半 戦時中曾祖母と和子さんの夫が亡くなる
1945 戦後満州から帰国(祖)
1940後半 曾祖父の隠した宝を見つける。家の実権を奪う(祖)
1997 大宴会を行う(祖)6畳間は100年前の姿を残す(私)

1950年くらいまでは、琵琶湖疎水プロジェクトや戦争前後などからたどっていけます。葬式のあった年に100年前の姿を残すと”私”が言っていることから、それが1997年であったと仮定。それから逆算して1950年以降の出来事をまとめてみます。誕生年はすべて予想でしかないので、実際は5-10年くらい乖離するかもしれません。”私”の年齢は、葬儀の時に大学に入っていて、かつ伯父に未成年と言われているので19歳とします。

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考二郎さんはこの話が語られる以前に退官しているので、もっと調整するとよさそうですが、たいていは厳密な年よりも順序のほうが大事なのでいったんこれで考察を進めようかと思います。

まとめ

少し長くなってしまいましたが、地理的・時間軸的要素をまとめて、これから考察をする準備が整いました。これ以降、こんなことがあったのではないかという仮定を立てる時、ここで挙げた情報と矛盾しないということが最低条件となります。


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