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お月様の一粒。

 余ってしまったお月様のカケラは、夜空に浮かべてしまわずに瓶の中に入れて仕舞っておく。その中に、幾夜も寝かせておいた赤ワインを注ぎ込み冷蔵庫の中に忍ばせておけば下準備はおしまい。まぶたが重たくなるほんの少しのまどろみのあいだ。私はわざと忘れたふりをして「良いものがあるのよ」と彼に微笑みかける。冷蔵庫の隅っこでルビーのような輝きを放つ瓶を取り出して、紅色のお月様のカケラを一つまみ。お互いの口に放り込めば、赤ワインを吸ったお月様がぷるんと口の中で弾けだす。独特な触感を楽しんだ後、舌で転がすように味わうと、しびれるほどの甘美が口いっぱいに広がり、うっとりとしている間に溶けてしまう。恍惚を感じながら、ほろ酔い気分で私たちは見つめ合う。それは繊細で緻密な味わいの、大人のためのヒミツの一粒。

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