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のんからちなみへ:3通目

「おひさしぶりです。お元気ですか」

ちなみちゃんがくれていたメールを読み返し、びっくりした。もらってから返事をせぬまま、気づけば2か月とちょっとが経っていた。その間、いろいろあって、本当にいろいろあって、いろいろありすぎて、「連絡、しようかな」と思ってメールを開いては、うまく言葉にならずにただ下書きボックスのメールの数が増えていった。

「そちらは寒いですか。金谷はとっても寒いです。やっぱり海辺の町だから、海風が、ぴゅーぴゅーって。そう、わたし、金谷に移住したんだ」

わたしがちなみちゃんに最後に送ったメールは、確か田舎フリーランス養成講座を受講すると決めた直後で、その後、わたしは、そのまま金谷に居座ってしまった。そして、

「もうひとつ報告があります。
なんと、わたし、まるもの店長になることになりました! えへへ、びっくりした?」

わたしたちの出会いの場所であるコワーキングコミュニティ「まるも」。
フリーランスが田舎に移住し、自由な働き方を実現しているそのスペースで、わたしは、フリーランスとして店長になった。

田舎フリーランス養成講座というのは、その、まるもで定期的に開催されている移住体験型のweb合宿だ。
わたしはそれを受講し、ちなみちゃんとここで過ごした5日間より長い1か月という時間を過ごした。まるで子供みたいに笑い、泣き、困り、笑う、穏やかな日々がそこにはあって、わたしが移住をしたのはとても自然な流れのように思われた。

「なので、今度ちなみちゃんがまるもへやって来るときには、わたしたちは店長とお客さんだね。変な感じ。

ちなみちゃんも大好きになったまるもが、もっともっと、面白く優しい場所になるように、一生懸命がんばるから、たのしみにしていて。

近況報告はここまでかな。

ああ、そうだ、実はね、田舎フリーランス養成講座を受講したのは、彼と結婚することを見据えてだったんだ。

遠距離中の彼、地方に住んでいるでしょ?だから、一緒になってわたしがそこへ行っても仕事に困らないように、フリーランスとしてもっと自立したかったの。

・・・・なのに、金谷へ移住しちゃうなんてね(笑)

『金谷は人の人生を狂わせる』なんて言われちゃった。

そんな早急に彼氏のところへ行く必要もなかったから、いいんだけどね。彼も田舎にいて、わたしも田舎に引っ越してしまって、これから海外と東京で遠距離するよりも面倒な距離を越えて会いに行かなきゃいけないのか、と思うとちょっと気が重いかも」

指を止めて、先月、久しぶりに再会した彼の顔を思い浮かべた。

23歳の誕生日プレゼントは、手違いで受け取らなかった。
それは別に気にしていなかったのに、帰りの高速バスのバス停へ送り届けてもらう車のなか、運転席の彼にばれてしまわないように左に首を傾けて泣いたのは「おめでとう」よりもずっとかけて欲しい言葉があって、それが与えられなかったことにも、「欲しい」と言えなかった自分にも、悲しみが止まらなかったからだ。

「ちなみちゃんは、辛いことがあったとき、誰の顔が思い浮かびますか?
わたしは、誰の顔も浮かんでこないの。

ただじっと真っ暗なの。

それはどうして何だろう。
誰かに助けてもらうことに慣れていないからか、自分を助けてくれる人がいると期待することを諦めてしまっているからなのか。

わからない。
本当はわんわん泣いて、もう無理、逃げたい、って、叫んで、誰かの体にすがって、辛いのなんて忘れてそのまま泣き疲れて寝ちゃいたいのに。

それができないのはやっぱりわたしが欠陥だからなのか、わたしと相手の相性の問題だからなのか、それが問題の解決にすこしもならないからなのか。

ちなみちゃんにメールを送っていない間、本当に辛いことがあったの。
今までの人生だって死にたくなったり、暴言を吐かれたり、自分を傷つけたりして、辛いことは多かったけど、それらも忘れちゃうくらいだった。

でも、今度もやっぱり誰の体にすがることもできなかった。
あの時をわたしはもしかしたら後悔するかもしれない。そんな気がする。あの時が、自分の人生を大きく転換させるチャンスだったのかもしれない。

今更こんなことを思っても遅いかもしれないけど。

そう、そういえばわたし、23歳になりました。ちなみちゃんの年とまた並んだね。
23歳。

なにも不具合が起きなければ、きっとまだまだ人生は長くて、この先に出会う人は、いままで出会ってきた人と同じくらい多くて、だからどうなるかなんてわかんないよね。

わたしが金谷に移住したことも、ここの店長になったことも、彼の前で泣けなかったことも、ちっとも予測できないものだったから、きっとこの先も信じられない方向に転がっていってしまうんだろうね。
それを思って、わくわくするのか、怖くなるのか、よくわかんない。

わたしの人生の激動の中心にいるのは、わたしのはずなのに、変化に気づくのはいつも終わってから。

最近のちなみちゃんはどうですか?
ちなみちゃんはどの方向にむかっているんだろう」

今日、オーナーと面談をして、この先の1年の計画を立てた。
来年の今頃、わたしはオーストラリアにいることになっている。

大草原とか、こんがり焼けた肌とか、バオバブの木とか、想像してみた。
ちっとも現実味はわかなかったし、それが正しい方向なのかなんて、確かめる術もなかった。


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(あとがき)
このマガジンは旅するエステシャン・ich(=ちなみ)と、副業フリーランス兼まるも店長の野里和花(=のんちゃん)が、1年前の自分に戻って自由にお互いと会話をする文通のような、エッセイのような、小説のような、そんなnoteです。

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