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ホソノ通信①/Hosono House

近年の国内と海外の細野晴臣への関心の高まり

数年前、ロサンジェルスのレコード店アメーバミュージックの店内で女性DJが細野晴臣の「薔薇と野獣」からゲイリー・ウィルソンを繋いだというのをツイッターか何かで見かけた。

「薔薇と野獣」はレアグルーヴの名曲として知る人は知っている曲ではあるものの、海外のDJがこの曲を回していたという事が強く印象に残っていた。この数年、ヴェイパーウェーヴの流れで、竹内まりやのプラスティック・ラヴがYouTube上で話題になったり、今年になってタイラー・ザ・クリエイターが山下達郎をサンプリングしたりと、日本のシティ・ポップといわれたジャンルが海外でも認知が急上昇しているのはご存知の通りだと思う。

アメリカ在住の金延幸子まで注目され出していたり、マック・デマルコやデヴェンドラ・バンハートのように以前から細野晴臣ファンを語っていた事の影響が今年になってはっきりとした輪郭を持って現れているのを感じる。特にイギリスとアメリカでのライブが現地の人々で埋め尽くされて、関心の高さをありありと感じさせる出来事だった。2018年にシアトルのレーベルLight in the atticでHosono House、はらいそ、フィルハーモニー、Omni sight seeingの4タイトルがアメリカでリリースされた事や、2019年にリリースされたヴァンパイア・ウィークエンドの新譜でも細野晴臣の曲がサンプリングされていて一気にトレンドとしてオーバーグラウンド化していく。

先のアメーバでのDJの件も、各所での70〜80年代の日本の音楽への関心の高まりが下地にあったのではと思うには、十分な事柄だったように思う。

Hosono House (1973)

Hosono Houseについては細野自身は長らく「習作」という自身の評価はありつつも、数ある細野のアルバムの中でも一番人気の高い作品でプロもリスナーも声を聞いているとそう感じる。
歌い方と作曲方法を模索していたはっぴいえんどから、チャンキーミュージックのコンセプトの始まりとなるトロピカルダンディの狭間にあたるアルバムという事もあり、細野作品の中でも個人的な感情を思わせる歌詞や、はっぴいえんどから連なるカントリーロック路線がアルバム全体を包んでいる。
はっぴいえんど自体はフォークというジャンルに縛られない、フォーキーかつR&Bがベースになった音楽的側面があり、そういった部分が90年代は音楽性が好まれていたように思う。
風街ろまんからHosono Houseの頃は特にザ・バンドやジェイムス・テイラーからの影響は強いものの、このアルバムではそれ以上にスライ・アンド・ザ・ファミリーストーンやリトル・フィートらのファンクがサウンドの要になっている。

特にバックを固めたキャラメル・ママとなる林立夫と細野のリズム隊は、「僕は一寸」や「終わりの季節」のようなスロウな曲でもタイトなリズムを構築しているのも重要なところだと思う。
「ろっかばいまいべいびい」に顕著なように、オールドタイミーなアメリカの情景は、その頃どっぷりと浸かっていた1940年代前後のアメリカ映画や音楽からの影響が色濃く出ているものの、過去の作品群の世界から抜け出せないという危惧もあったという。しかしスライのアルバム「フレッシュ」に触れた事でファンク/R&Bの現代的な感覚が呼び起こされ、Hosono Houseへと結実したという事になった。

ブラスロックでファンクなナンバー「冬越え」での林立夫のハイハットさばきは黒い訛りを持っているし、「福は内鬼は外」ではフォービートのベースに16ビートのドラムが重なり途中スクラッチのソロが入る。「Choo chooガタゴト」での不穏な空気を携えた雰囲気の中、鈴木茂のギターがリードをとりながら全体が一丸となったアンサンブルや、はっぴいえんどのサードの延長線上にあり大滝詠一の「びんぼう」にもつながるようなブラスロック「住所不定無職」など、アルバムの大半をファンキーな曲が占める。そして「パーティー」のように多重録音はのちのフィルハーモニー以降の細野の音楽にも通じる感覚がある。
90年代から00年代まではアルバムの看板といえば「恋は桃色」だったと思う。細野の曲では珍しくストレートなラブソングに仕上がっていて、幽玄なイントロから始まりたゆたうような駒沢裕城の爪弾くスティールギターの音色がカントリー色を強めながらも、バシッとタイトな林立夫のドラムが曲を引き締める。
そしてHochono Houseのリードシングルにもなった「薔薇と野獣」。キャラメルママのアンサンブルの真骨頂ともいえる怒涛のファンクナンバーで、ハイポジションのベースのフレーズに、松任谷正隆のエレピが上昇フレーズを奏で、鈴木茂のワウギターが絡む。林立夫のきざむハイハットがドライブしていてドラムがとにかく心地よい。このアルバムではこの曲がハイライトだと言える。
「ピンク色の空から天使が舞い降りてきて肩を叩く」という一節にガロや諸星大二郎的な皮肉や不条理が効いているのもお忘れなく。

はっぴいえんどのその後の「もし」

はっぴいえんどのサードを録音する時点で、細野はソロ用を作る予定だったが、降って湧いたロサンジェルスでのアルバム録音に飛びついたものの曲のソロで使おうとしていた曲以外のストックが無く、泣く泣くソロ用に考えていたストックから録音する事になってしまった(大滝は直前にソロを作った関係で全くゼロの状態で挑む事になる)。このアルバムでは「風来坊」、「無風状態」、「相合傘」の3曲を提供。3曲ともにカラッとしたバーバンクサウンドに仕上がっていて、風街ろまんの頃よりも作曲のレベルは格段に飛躍している。
これらの曲を蔵出ししてしまったのが惜しかった事もあり、「相合傘」のイントロ部分のみをHosono Houseに収録することとなった。とはいえ、このサードの曲がHosono Houseに収録されていたらどうなっていたのだろう?
転調が効果的な「風来坊」はトランペットのオブリガードがメロウな曲調を晴れやかな雰囲気に変えていて、もしHosono Houseで取り上げられていたらトランペットは入らなかったかもしれない。ギターのアンサンブルが見事な「無風状態」や、「相合傘」もカラッとした雰囲気に仕上がっている。「相合傘」を聴き比べるとそこが大きく異なっていて、Hosono Houseでこれらの曲が取り上げられたとしても、サードほど上手くいかなかったのではないかと思ってしまう。
とはいえ、ロサンジェルス録音で出会ったヴァン・ダイク・パークスの音作りに大きく影響された事もあり、このアルバムがなかったら細野と大滝の両名は作風ももっと違った事になったと思われる。だからこそHosono Houseというアルバムが成り立ったのだと思うと、ここに「もし」なんていうのは存在しないのかもしれない。


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