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ジョアン・ジルベルトガイド②/愛と微笑みと花 O Amor, O Sorriso E A Flor 1960年

アントニオ・カルロス・ジョビンはジョアン・ジルベルトと新たなアルバム制作を行うため、自然に囲まれた山奥のポッソ・フンドの別荘へとジョアンを誘う。

ジョビンとジョアンはその年の記録的な大雨でぬかるんだ道を抜け(途中ジョアンが道端で見つけた大蛇を狩りに行くというハプニングを挟み)、到着したポッソ・フンドの家で一週間ほど過ごす。あたりの鳥のさえずりや川の流れる音に囲まれながら、ふたりはろくに食事も取らずひたすら収録する曲を練り上げた。その後リオに戻りレコーディングがスタートする。前作同様に過去のサンバを取り上げながらも、ジョビンの曲が増えたことで、さらにモダンな内容にブラッシュアップされている。

・ライフスタイルにフィットした音楽

2枚のアルバムでジョアンがもたらしたスタイルは、ブラジルの中産階級の人々にとって、アメリカのポピュラーミュージックやジャズに引けを取らない音楽が出てきたという事が大きい。大衆音楽であるサンバカンサォンは馴染めず、ジャズや海外の音楽に目を配らせるだけだったのが、自分たちの生活にフィットしたものが現れた事の大きさは、その枠を超えて遠くのバイーアまで届いていた。のちに登場するカエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルらのもとまで。

カルロス・リラは後にサンバランソ(サンバスウィング)を掲げ「ジャズからの影響(Influência do Jazz)」という曲を歌っていたように、ジャズが彼らにもたらした影響は大きい。

ジョアンはジャズの現場のように、前作Chega de saudadeのレコーディング時に譜面ではなく、コードネームでやり取りしていたという話もある。けれどもジョビンのようにここにあるのはジャズだけでは無いと否定し、フランス近代クラシックからの影響も大きい。ジャズ自体も源流を辿ればフランス近代クラシックからの影響があり、それらの近似した音楽性にアメリカのクレオール文化と、ブラジルの混血文化が似た形で発展していたことが分かるエピソードでもある。

・収録曲について

ジョアンのオリジナルはルイス・ボンファに捧げたインストUm abraço no Bonfáの一曲。後のゲッツ/ジルベルト#2でのライブでも演奏されていて、コードワークメインながらギタリストとしてのジョアンの技量の高さを伺える曲。弾いてみるとわかるのだけれど、さらりと弾くのがかなり難しい。その後のライブでも演奏されている。

ドリヴァル・カイミのDoraliceはライブでも定番の曲。ライブでは必ず演奏されているので、各年代で録音が残されている。

ガロートス・ダ・ルア時代のレパートリーだったO Pato。アヒルというタイトルの通りスキャットでアヒルの物まねをするノヴェルティ色の強い曲。作者のジャイミ・シウヴァはこの曲をグループに売り込みレパートリーに加えられたものの、当時はレコーディングされず、このタイミングでやっとレコーディングされた曲だった。

Trevo De Quatro FolhasはスタンダードナンバーI'm Looking Over A Four Leaf Cloverにポルトガル語をつけたもの。ジョアンが演奏したリズムは2ビートではなく、マルシャ(フレーヴォ?)に変更されている。

今作でのカルロス・リラの曲はSe É Tarde, Me Perdoaの一曲のみ。リラの曲はジョビンとは違ったソフトでおおらかな雰囲気がある。

Amor Certinhoはジョアンがミナス・ジェライスのベロ・オロゾンチにライブで訪れた際、友人から紹介されたホベルト・ギマランエスの曲。ジョアンはこの曲が気に入り、自分が覚えるまでその場でギマランエスに何度も歌わせたという、いかにもらしいエピソードがある。ホベルト・ギマランエスは2003年にゲストを交えてこの曲を取り上げたアルバムをリリースしている。ここで歌っているのはミナスのSSWで日本でもファンの多いロー・ボルジェス。

残りがジョビンによるSamba De Uma Nota Só、Só Em Teus Braços、Meditação、Corcovado、Discussão、Outra Vezの6曲。

ジョビン単独で作曲されたSó Em Teus Braços、Corcovado、Outra Vezは作詞も含めジョビンが担当している。この中でもCorcovadoはスタンダードとして多くのカバーを残す名曲。当初歌詞はヘビースモーカーだったジョビンによる「一本のタバコに一本のヴィオラォン」だったが、ジョアンの提案により「部屋の片隅に一本のヴィオラォン」へと変更されたという。

Samba De Uma Nota Só、Meditação、Discussãoの3曲がネウトン・メンドンサとジョビンの共作。アルバムのタイトルO Amor, o Sorriso e a FlorはMeditaçãoの一節からとられている。愛と微笑みと花という内容はこの時代のボサノーヴァを象徴するものとなった。

ワンノートサンバというタイトルでも知られるSamba De Uma Nota Sóは「一音だけで出来ているサンバです」という歌詞の通り、トップのEの音を持続させながら、C#m7-C7-Bm7-A#7とツーファイブのⅤ7を裏コードに置き換え下降するコード進行が印象的だ。技巧的でありながらも、ユーモアに溢れた歌詞と織り交ぜる事でどこかナンセンスな雰囲気もありながら、独特な説得力をもった名曲に仕上がっている。ナラ・レオンのカバーも素晴らしいのであわせて聴いてみて欲しい。

このアルバムではヴィニシウス・ヂ・モラエスが参加していない。当時ヴィニシウスはブラジルにいなかったため、このアルバムでは不参加となった。
このアルバムはその後、1962年にキャピトルからジャケットを変更しリリースされ、ジョアンのアメリカデビュー盤となった。

ブラジル盤のジャケットはエレンコレーベルに通じるモノクロのジャケットが印象に残る。

この頃、ジョアンはドイツ系のアスラッド・ワイナートと出会いこの年に結婚。この結婚が後に大きな波乱をもたらすことになる。

O Amor, o Sorriso e a Flor (1960)

1.Samba De Uma Nota Só
2.Doralice
3.Só Em Teus Braços
4.Trevo De Quatro Folhas
5.Se É Tarde, Me Perdoa
6.Um Abraço No Bonfá
7.Meditação
8.O Pato
9.Corcovado
10.Discussão
11.Amor Certinho
12.Outra Vez


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