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高齢者まで12年。

高齢者。

社会制度的には、あと12年も経てば自分もそう呼ばれることになる。ある日そのことに気づき愕然とした。

もともと年齢という概念には疎い方だ。ひとりっ子だし、運動部に属していたわけでもなく、組織ではたらいていた期間もさして長くはない。というか、むしろ新卒がまったく入ってこない職場だったので、「永遠の若手」として「プロジェクト」という名のありとあらゆる雑用に駆り出されていた。そのせいか、日頃から年齢とか意識して過ごしていないし、年齢差による上下関係とかにも無頓着だ。実年齢より若く見られがちというのも多少は関係あるかもしれない。

そういうわけだから、そんな自分が12年後には「高齢者」として爆誕するという事実は、なんというべきか、まさに青天の霹靂というほかない。

いや、いまにして思えば、国民健康保険に「介護保険料」という項目が加わった時に気づくべきだった。あれこそは予兆だったのだ。高齢者への、もっとゆるやかな道筋もあったはずなのに、ぼんやりしていたらもっとも険しい階段をトボトボ登っている自分がいる。

そこで、歳をとるということについて考えてみる。

まずは観察だ。具合よく、ごく身近に80歳を超えた両親という恰好のサンプルがいるではないか。いままでまったく気にかけていなかったのに(それはそれで問題だが)、その言動を仔細に分析し、「高齢者のリアル」を探るべくさりげなく質問などしてみる。親というのはありがたいもので、怪訝そうな表情を浮かべながらも一応答えてくれる。

なるほど、なるほど、そうであったか。いままで、歳をとるとは、すなわち体力が衰えることだと思っていたのだが、それ以上に大きいのは、体力の衰えとともに気力が萎えることにあるのではないか。

読書が趣味といった人が、そういえば、老眼や疲れ目のせいで活字を見るのが億劫になりすっかり本を読まなくなってしまったという話をよく耳にする。歳をとったらのんびり読書三昧、そんなのは何も知らない若造が思い描く甘い幻影なのかもしれない。

うちの母親にしたってそうだ。たまには、電車で15分くらいのところで多少は気の利いた外食でもと思うが、けっきょく面倒くさがっていつでも行ける近所のレストランに落ち着いたりすることが少なくない。かつては日課のように喫茶店に通っていた父親も、あの店は階段を上らなければ行けないのでダメ、この店は店内が薄暗くよく見えないので怖いからイヤだと、すっかり足が遠のいてしまった。これでは、なんとかまだ足腰が丈夫だったとしても引きこもりになってしまう。やがては自分もそうなるのだろうか? いや、もちろん、そこまで長生きすればきっとそうなるのだろうな。

そういうわけだから、いままでは完全に他人事、あってもまるで目に入っていなかった「デイサービス」の事業所なども、前を通りかかるたびなんとなく中の様子を窺ってしまう。ポストに投函される広報を開き、高齢者向けのレクリエーションや催し物などをチェックしたりもする。

絶対無理!!!

そういう場に参加している自分の姿を想像できないし、なにより、そうした場で新たな人間関係を築ける自信がない! これでは、高齢者になる前から100%閉じこもり老人確定ではないか。

ところで、地方行政独立法人「東京都健康長寿医療センター」によれば、外出頻度が1日1回未満の「閉じこもり傾向にある」高齢者の死亡リスクは、そうでない人の約2倍にものぼるという驚くべき調査結果が報告なされている。

うーん、だからって一体どこに行けばいいの?

そうだ、行きたいというよりは、とりあえず居られる場所が、誰かしら人の気配があって、喋ろうと思えば喋れるがとりたてて干渉されるわけではなく、体操だとか折り紙だとかやらされることもなく、ただただぼんやり過ごさせてくれるような居場所が近所に欲しい。あとは、ちゃんとしたコーヒーが飲めれば最高だ。

それに、そういう居場所で過ごす時間を必要としているのは高齢者ばかりではないだろう。家族を介護している人だって、子育て中のママやパパだってきっとそんな時間を求めているにちがいない。もし、ざっと見渡してそういう場所が見当たらないのなら、しょうがない、自分たちでつくってしまおうじゃないか。

自分の居場所は自分でつくるのだ。それは、12年後、自分の居場所になる。

そんなわけで、そのケーススタディーとして相棒のハラーダー(別名「CB事業部長」)とともに立ち上げたプロジェクト「喫茶ひとりじかん」の第一弾が、本日「MUJI com光が丘ゆりの木商店街」店(板橋区赤塚新町)にてスタートしました。

僕らがいま取り組んでいるのは、こうした居場所づくりを公的あるいは民間の助成金やボランティアの力を借りながら事業として成立させてゆくこと。そして、そのフォーマットをつくり、趣旨に賛同してくれる人たちとシェアすることで地域にひとつ、またひとつとこうした居場所を着実に増やしてゆくことだ。プロジェクトの質、責任、持続性を保つためには、やはりなんとしても事業として成立させたい。

こうした活動は、これからMoiがやってゆく3本の柱のうちのひとつになるはずなのだけれど、続きはまたあらためて。

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最後までお読みいただきありがとうございます。この記事は、プロジェクトの趣旨を広め、賛同者を増やしてゆくために無料で公開していますが、サポートにより今後の展開を具体的に後押ししていただくことが可能です。さまざまな事情により自身が動くことは難しいが、なにかしらのかたちで「居場所づくり」に参加したいという方、ぜひサポートによってご協力いただけると大変励みになります。


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岩間 洋介(Moi)

2002年より2019年まで北欧フィンランドをコンセプトとするカフェ「moi」を経営していました。渋谷のBunkamura→荻窪、吉祥寺でのカフェ経営を経て、日本とフィンランドとをつなぎつつ自由な発想による〝居場所づくり〟を構想中。http://www.moicafe.com

喫茶ひとりじかん

喫茶ひとりじかんとは。一杯のコーヒーがつなぐ人と人とのゆるやかな関係、気配を読み、また小さな声に耳を傾けるカフェの接客を応用した「居場所づくり」のためのプロジェクトです。町のそこかしこに、こうした居場所をつくりたい。その思いや試行錯誤の日々を綴っています。居場所づくりにお店...
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