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猫に学ぶ。世界をカフェに見立てたら。

居場所については猫に学ぶといい。とりたてて猫の生態にくわしいわけではないが、そんな気がする。

ズーズーは、朝、たいがい店の裏手でくつろいでいる。そこにいれば、近所の人がおいしいごはんを運んでくれるからだ。一方、昼のあいだは店の正面にまっすぐ伸びる私道のあたりでよく見かけるが、表通りとはちがい、そこは土日でもほとんど人が通らない安全な場所だということをちゃんと知っているのだろう。
夜、僕が店を閉める頃、周囲の店はすでにシャッターを下ろしてひっそりしている。ズーズーはというと、そんな時はどこかの店の前ですっかり気の抜けた態度で道ゆく人たちの姿をぼんやり眺めている。店は通りから少し奥まっているおかげで安全だし、大きなケヤキの後ろにいればちょうど死角になって散歩中の犬に見つかることもない。

家の近所でしばしば出くわす真っ白い猫がいる。大きな猫だ。白くて大きいのでよく目立つ。こう目立ってはさぞかし生きづらかろうと余計な心配をしたくなる。

そのせいかどうかは分からないが、昼間は白っぽい場所でだらっとしていることが多い。本人的には保護色のつもりかもしれない。正直、目立たないというほどではない。でも、自分ではうまく隠れているつもりなのかもしれないので邪魔をせぬよう見て見ぬふりをして通り過ぎる。おとなのマナー。以前おもしろいので写真を撮ったら、首をもたげてニャ〜と凄い目で睨まれた。時折、帰りが遅くなった日などにも人気のない路地で遭遇したりもするのだが、そんなときにはまるで絶対君主のような態度でのっしのっしと練り歩いている。

なるほど、猫にはそれぞれ世界の中に自分なりの居場所があるらしい。

猫はかならずしも強い生きものではないが、そうやって、身を守ってくれる居場所を確保することでこの都会をまんまと生き抜いている。

僕は思うのだけれど、猫のこの慎重さに比して、人間という生きものはあまりに無防備なんじゃないか。なかには、お金や肩書きで身を守れると真剣に考えている人もいるようだけれど、そういう人がインターネットの世界でボコボコに叩かれているさまを見るたび、お金や肩書きもさほど万能ではないのだなと思う。

むしろ、猫の処世術に学んで、つらくなった時に逃げ込めたり、しばし自分の気配を消せるような居場所を世界のそこかしこに見つけた方が、傷つきやすい心と身体のバランスを保つ上では有効なんじゃないだろうか。

そしてその点、カフェという空間は巧くつくられているといつも感心する。

たとえば、自分がやっていた「moi」というカフェには、通称「5番」と呼ばれているテーブルがあった。カウンターの前、通路みたいな場所にあるので正直落ち着かない。なので、ここしか空席がなくやむなく着席したお客様には、他にテーブルが空いた場合たとえ食事中でもそちらに案内し直すようにしていたが、案内されたお客様はたいがいみなホッとした表情を浮かべて移動するのがつねであった。

ところが、その「5番」がお気に入りのお客様もまた、いた。他がぜんぶ空いていても、なんの迷いもなくまっすぐ「5番」に腰掛ける人がいますぐ思い浮かぶだけでも5人いる。
まず間違いなく、「5番」を選ぶのは僕と喋りたい、あるいは何か聞いてもらいたい話のあるお客様である。なので、誰か「5番」にやって来たときには、たとえ洗い物が山のようになっていたとしても、とりあえず手を止めて様子をみるよう心がけていた。「5番」は、そういう誰かにとっての居場所だったから。

反対に、一人になりたいお客様のためには壁に向かったカウンター席があった。とりわけ、「7番」と呼ばれていた端っこの席は、ほとんどズーズーにとってのケヤキの木陰と同じくらい誰にも邪魔されない安全な場所である。ここがお気に入りだった数人のお客様の顔もまた、すぐさま思い浮かべることができる。もしも「moi」がもっと大きなお店だったなら、たくさんの人たちが同時に腰掛けられるような大きなテーブルの席や、テラス席もつくりたかったなぁと考える。

そのコンパクトな空間に、さまざまな人がさまざまな動機をもって訪れ、そしてそれぞれの居場所を見つけられるのがカフェという場所なのだ。

では、この世界をカフェに見立てたとき、そこにははたしてどんな座席があってどんな座席がないのか、いまの僕はそういうことを考え、まず見極めるところから始めている。

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岩間 洋介(Moi)

2002年より2019年まで北欧フィンランドをコンセプトとするカフェ「moi」を経営していました。渋谷のBunkamura→荻窪、吉祥寺でのカフェ経営を経て、日本とフィンランドとをつなぎつつ自由な発想による〝居場所づくり〟を構想中。http://www.moicafe.com
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