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また会える #リライト金曜トワイライト


「え?なんでココにいるの....」

旧いビルの長い廊下の端っこで、崩れ落ちそうになった資料をアゴで支えたら、上がった視線の先にあなたがいた。4年ぶりの再会は、それでも間においた月日なんて全く感じさせない。自分で考えるより先に、私の頬はいつも同僚に向けるそれのような、慣れた笑顔を作っていた。心臓はものすごく跳ねているのに。

「また会えたね」

びっくり顔のあなたはすぐに、私がよく覚えている笑顔になる。笑うと中学生の頃の面影が戻る。

もう、もっとカッコ良い私で会いたいのに。

そう思った瞬間、アゴで支えてようやっと腕の上に収まっていた資料は真ん中から崩れた。冗談みたいにばらばらになるファイルや紙の束を、二人で受け取ろうとして1つも救えなかった。リノリウムの、変にぺたっとした床の上に見事に散らばった資料を呆然と見遣った後、吹き出してあなたは言う。

「変わんないな」

二人で散ったファイルを集める。それは私が心の奥に仕舞い込んだ記憶や想いを床の前にぶちまけたかのようだった、それもあなたの前で。

あなたにとって私はどんな人だったのだろう。
いつもいつも、とても優しい目で笑いかけてくれたけれど、同時に話すことはどうでもいいことだった。家は近かったけど同じ駅から電車に乗りお互い違う駅で降りる学校に通っていた。
通学時間以外で会うときは彼の通う学校の様子や友達の話を次から次へとしてくれた。本当はあなたの毎日のことをもっと聞きたかったのに、あなたの話は自分自身のことをいつも避けて話を続ける。
実を言うと彼が家から出てくるのを見かけたことが何度かあって、その時の妙に大人びた、冷たい感じの彼の表情は私の見たことのないものだったから、「ただの友達」の私はそれをからかうこともクチに出すこともなんとなく憚られて言ったことはない。

中学3年のとき「遊びに行こうよ」と誘ってくれた。あのとき何の映画をみたっけ。覚えてるのは帰り道で私達の家の近くのお寺前を通ったとき「そういえば、今日12月14日って赤穂浪士の討ち入りの日って、知ってた?」といきなり言われたこと。いや、フツウ知らないから。
でもあまりに笑い転げたから、もう赤穂浪士の討ち入りの日、は私の記憶のカレンダーに極太の油性ペンで 日にちと一緒にがっしり書き込まれたんだ。ほんと、ロマンチックさなんて欠片もない。

私達は本当にたまに、偶然に会うくらいだった。しかも中3のときの赤穂浪士討ち入りデートで私は まぁ良くて妹分かな、と思う結果で終わっていたと勝手に思っていた。だから高校生になってクリスマスイブにデートしようよと誘われたときはちょっと混乱した。
もしかして、妹的、って思おうとしてたのは私の勘違いだった?
その日はちょっとだけ、本当にちょっとだけ考えて、私のPコートによく似合うお気に入りのセーターを着ていった。ほんの気持ち程度 期待を込めて手袋は「忘れて」出かけたのになぁ。その日も、散々二人で笑い転げただけの時間だったから、もう心に決めたの。彼のオンナ友達の中で、一番何でも話せる友達の位置をキープしようって。私の淡い恋心なんて、多分伝えない方がこの楽しい関係、ずっと続くって。

拾った資料を抱えるあなたの手が目に入った。

「どうしたの、手・・・」

あかぎれとはちがうけれど、なんかガサガサとしていて痛そうだった。

「あー。ストレス、ストレス。参っちゃうよなぁ。1年目ってどこもこんなキッツいのかな・・・お前んところも忙しいんだろ?こんなに資料集めに走ったりしてさ」

と少し顔を俯かせながらあなたがつぶやく。そしてとんとん、と拾った紙の束をととのえて、私の腕にのせてくれた。

「また会おう」

いつもの、私も思わず笑顔になってしまう、そんな優しい笑顔をみせてあなたは立ち去ってしまった。押し込めたはずの想いが、あれこれの気持ちのスキマから躙り出ようともぞもぞしている。

いやいや、夢見たような仕事がまだ出来ないからって、プライベートでカメラを引っさげて歩き回る気力も体力もなくなっちゃってるからって、こんな偶然に救いを求めるな、アタシ。

あのひとだって、あんな手をしながら頑張ってる。みんな頑張ってる。負けられない。

写真は、人前で話すとかが出来ない私にとって唯一、全身を使って自分を表現するものだった。自分の想いすら上手く言えない私は、切り取る世界の瞬間に想いを込めた。大学でその表現を褒めて貰えたし、それを更に深める努力も、良い刺激をくれる友達も、尊敬出来る先生達もいた。

だけど、広尾の図書館で偶然またあなたに会ったとき、その楽しさの背中側にぺったりと、背伸びし続ける自分と緊張感と孤独感があったことを理解した。だから、あなたとの再会に本当はちょっと泣きそうだった。

そんな私の様子に気付いてだろう、その後あなたは何度かゴハンに誘ってくれた。私の大学では聞かない世界の学問を将来の夢を、私の周りにはいないあなたと気の合いそうな友達との時間のことを聞いて、私も自分の写真の世界へのぼんやりした想いとかを話して、そうやってお互い全く違う話をしてるのにスゴク良く分かることがあったし、昔と変わらずあなたはなんでも楽しそうに聞いてくれた。あなたとゴハンを食べたあとは数日私の心がスズメみたいに小さく跳ねたり飛んだりしていた。

誕生日が近付いて、日本の母から転送されてきた免許更新葉書を見つめた。日本の免許証はちゃんとキープしたかった。だって、あれこれの証明に便利なんだもん。いちいちパスポートとか、出したくないし。

それにフランスに写真の勉強に行く、って言ってから、親には本当に心配かけた。フリーのカメラマンとしてパリで生活し始めてやっと、私も親のそんな心配な気持ちに1歩、いや2歩くらい、歩み寄れるようになったから。久し振りに日本食をスキなだけ食べて、日本語の本も読みたい。友達と飲みにもいきたい。

そうやって久し振りに帰った日本はちょっとだけ、私によそよそしかった。友達はみんな結構仕事や家庭が忙しくて、この一時帰国中に会えそうなのは2人だけだった。自分の時間だけ、どこかで別のレールに乗っかってしまってどんどんみんなと離れて行く。無機質で事務的に人が流れていく運転免許試験場で、免許更新なんて口実での帰国はもうやめとこうかな、と考えていた。書類を書いて提出し、待合の長椅子に腰掛けようと思ったら、後ろの列の長椅子にものすごく懐かしい笑顔を見つけた。

「ほんとにあちこちで会うね」

あなたは仕事を辞めて、気分転換に免許を取りに来たんだという。ねぇ、知ってる?私いつもは海の向こう、地球の裏側なんだけど。どうして今、寂しくなってる今、また会えてしまうんだろう。

すぐに私の名前が呼ばれたから、あちらに戻るまえにいちどゴハンに行こう、と約束した。お互いの連絡先をずっと持ってる友達だって少ないのに、これを特別な縁だと誤解するのは私の勝手さだろうか。
帰仏する前の、来週の平日に約束をした。細かい事はあとでメッセージするよ。今度は窓口にいく順番がきたあなたが手を振りながら言った。私も小さく手を振り返しながら、指先がひんやりした。


今度の食事のあとも私達が今のままだったら、私は私の信じる仕事に邁進しよう。多分、今よそよそしく感じる故郷の街も、この再会も、なにかを吹っ切るために準備されたものかもしれない。全力の自分を試すため、新しい土地で輝ける自分になるため、全部区切りを付けるために再度並べられたものだと思うから。

ずっと大好きって言えなかった。まだ次回会うときに伝えるか伝えないかも決めてない。でも伝えないっていう選択をする時間はもう遠い昔だ。それで、そのままでいいかもしれない。

多分またどこかで会える。あるいはこのご時世だ、ネットで簡単に繋がるかもしれない。重さのある私の片思いを伝えたところでそのまま気まずくなって途切れてしまうくらいなら今のままでいい。また会える、またその笑顔を向けてもらえる、多分その希望のほうが私には大切だから。


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池松さんの「リライト企画」に乗っかってみました。
でもなにせ、原作は池松さんテイスト満開です。これをリライト???なんとも高いハードルでした。

それなら反対側からの景色を書こう、そう思ったのはアメリカ時間木曜の深夜です。構想は夢の中でした(笑)。

【今回のリライトのポイント】

相手の女性になりきろう。それだけでした。

多分両思いだった女の子。きっと内気で、言葉で表現しにくいことを写真作品のなかに見出した娘なんじゃないかなと想像。(そういう友達、いたいた。)うっすら相手の好意を受け取っていても「そんな風に受け取るなんて、私の思い込みだ」と否定してしまう、自分への自信が薄い女の子。だけどその娘が世界に出ようとしたのはきっと、ずっとスキだった人が輝いてるのはちゃんと努力に裏打ちされてるのを見ていたから。だから自分を鼓舞して前に進めたんじゃないかなと。

自信がないから誤解もし、自信がないからこそ世界へ飛び出した女性。きっとその途中で弱気にも自分を疑った時期もあるだろう。

だけどちゃんと「自分の作品」を出すくらいだから、何か彼女を常に支えた夢というか想いがあったにちがいない。それは、時々で再会する彼(ええ、もちろん池松さん?)だったのじゃないかな。

・・・とまぁ、寝ている間にプロフォトグラファーになった彼女の姿が私の中で決まってきました。

【どんなところにフォーカスしてリライトしたのか】

殆ど原作では触れられない彼女側の心の機微。デートの誘いをすぐに受けたとか、何度も再会した、というところしか書かれていないけれど、多分彼はうっすら彼女の思いも受け止めてる。

それは恋の駆け引きなんてものではなく、とてもとても深いところで相手を理解したいと思い合っている結果なんじゃないか。

彼女はきっと、相手の笑顔や仕草や一緒に共有してくれる話の中から大事にしてもらっていることをちゃんと受け止めている。でも同時にそれ以上に踏み込まない彼の優しさもちゃんと理解しようとしている。

それでもどこにも辿りつかない気持ちはずっと心の中にあって、彼女自身を励ましたり不安にさせたり、そんなものなかった、と言わんばかりの行動を取らせたり・・・男性側からは一貫しないものとして受け取られるかもしれないなぁ。本当は彼女の優しさでもあるんだけれど。

そんなものが書けたら、って思いました。


書かれた池松さんの想い出とか複雑に絡み合った時間とか、そのへんはよくわからない。フィクションなのかノンフィクションなのかもわからない(ノンフィクションじゃないかとおもうけど)。ただ、書き進めるうちに私は原作を読んだときの「女性側の切ない気持ち」を感じていたんだなぁと。


難しかったけど、面白かったです。

池松さんがお気に召して頂けたら。

サポート戴けるのはすっごくうれしいです。自分の「書くこと」を磨く励みにします。また、私からも他の素敵な作品へのサポートとして還元させてまいります。