スクリーンショット_2016-04-26_午前11.35.45

世にも奇妙な上司の話 - 数学を学び直すために勉学休職を選んだ異色のiOS開発者・佐野岳人インタビュー

Yahoo! JAPAN在籍時の直属の上司はみんな個性豊かで、それぞれのもとで楽しい経験をさせていただきました。
日本画科出身だとは思えないほど頭の回転がキレッキレでどんな案件も怒涛のようにさばいていたSさん、
チーマーっぽい見た目だけどもの実はものすごーく優しくて人情派のIさん、
淡々とした論理派に見えてかなりシュールでユーモラスな発言の多いNさん、
デザイナーとしての腕がズバ抜けた方ながら、過去にメディアアートを制作していたことがあり、自分の作家活動も寛大に見守ってくださっていたNさん、、。

そんな個性派揃いの上司の中でも群を抜いて変わり者だった上司がいました。iOS開発者として社内外で名を馳せていた佐野岳人さん(そもそもデザイナーの上司がエンジニア、というのも社内的に変わった事例でした)。
彼はYahoo! JAPANのiOSアプリ黒帯(黒帯とは、社内の卓越したプロフェッショナルに対して与えられた称号のようなものです)としてiOSアプリ開発者として活躍していたにも関わらず、今年の4月から2年間の勉学休職を決意。それも、本業であるiOSアプリ開発とは一見関係なさそうな"数学"の研究をするために東大の大学院に入学しました。
2年間ほど一緒に働かせて頂いたのですが、こんなに変わった人にはこれまでの人生でもなかなか出会ったことがなく(天衣無縫、という言葉がピッタリ)会社を辞める前にこれまでのことを根掘り葉掘り聞いてみたい!と思いたち、実は私の退職前&佐野さんの休職前に会社で彼のロングインタビューを実施しました。

もともとこれはヤフーの社内向けに公開したものだったのですが、佐野さんご本人の許可を得て社外向けに公開します。(会社の中の人としての敬称と外の人としての敬称が入り混じってますが、時期的に微妙なのでご愛嬌です。。)

↓それでは、世にも奇妙な上司の話をお楽しみ下さい!

---------------------------------------------------------

魂の目標とキャリアを見つめ直した結果の勉学休職

市原:今日はお時間いただきありがとうございます。いきなり本題なんですが、そもそも、突然どうして数学の道へ・・・?

佐野さん:会社を休んでまた数学やろうって思ったのも、研究者になりたいっていうんじゃなくて、真にやりたいことを見つけるためだったんです。
やっぱり大きな会社で出世する人は強いし、強かです。根回しにも気を配りながらしっかりと地に根をおろすことが、大きな組織で何かを成し遂げるためには必要だと思います。でも、それをいま自分が一生懸命やって、会社で偉くなることが幸福か?と考えるとその答えは必ずしも明らかでなかった。
魂の目標なんてあらかじめ分かっているものでもない。とはいえ、普通に生きて向かっていく先に、魂の目標が合致するかというと、必ずしもそうではないですよね。そこは自分で見定めて調整していかないといけないと思ったんです。


――数学の道に進むために会社を休職するという選択肢を選んだ佐野氏だが、大学で数学を専攻したのは、他に興味を持てる学問分野がなかったからという消極的な理由も大きかった。小さい頃から数学少年という訳でもないし、数学マニアタイプの学生とは距離を感じていた。

佐野さん:しかも、数学科を出てから一般的にみんなが辿る進路にまったく興味が持てなかったんです。そのまま研究者の道を進む人もいますし、金融やSIなどの企業に就職する人も多いですが、どちらも上手くやってける気がしなかった。自分のこれからがまったく見えず、大学3-4年の頃は悶々と悩みすぎて、体調も崩して外にも出られず、引きこもりがちに・・・。そんな状態で街に出れば職質されるし、同級生と楽しくやることもできず、勉学自体も身に付かなくなってしまいました。 


人生の暗黒期を経て、ITやプログラミングの楽しさに目覚めた起業時代

大学院の院試は無事に合格。しかし、将来どうすれば?と悩んでいたころに、転機が訪れた。

中学時代はコンピューター部だった佐野氏。当時の先輩だった堀田創氏(現在はシンガポールで事業を立ち上げている)に「日本の天才的なITクリエータを発掘し育てる事業」である未踏に応募しないかと誘われた。

よく分からないままにやってみることにして、提案した企画も採択。これをきっかけに、2006年に未踏のメンバー4人で「ネイキッドテクノロジー」を創業した。 

佐野さん:そこで光が差したというか、すごくワクワクして。『これだ!!!』ってなって、数学はいったん僕の人生から切り離そうと思ったんです。未練はあったけど、断ち切るために持ってた数学書も全部手放して。また老後にでもやればいいと思ってました。 

滑り出しは順風満帆に見えたが、3年もすると徐々に陰りが。しかも創業メンバーは一癖も二癖もある強者ばかりで、常に張り詰めた空気が流れていたという。

佐野さん:「こんなんでいいのか」と悩んでるうちにまた体調が悪化してしまって。朝起きられないし、毎晩悪夢を見るんです。院試に落ちる夢とか、大学生のころにやってた塾のバイトで、ぜんぜんしゃべれなくなって学級崩壊しちゃう夢とか、体育の必修科目をさぼって留年する夢とか。ああ、これは大学のころに意識が退行している・・・というのが自分でもよくわかりました。

創業から5年経った2011年、ネイキッドテクノロジーはミクシィ社に売却することに。ミクシィで働けることは前向きだったが、ベンチャー出身の尖りに尖った性格のままで移籍し、当然ながら周囲と上手くやっていくことは難しかったという。

佐野さん:どうしたもんか…と悩んでいた頃に、宮澤(現:上級執行役員 メディア・マーケティングソリューションズグループ長)と再会したんです。彼が創業したシリウステクノロジーズは僕たちの先輩ベンチャーで、僕も武者修行のため出向させてもらった縁がありました。

シリウステクノロジーズは2010年にヤフーに買収されて、その後ヤフーは「爆速ヤフー」として第二の創業を迎える。

佐野さん:当時はヤフーといえば保守的な会社のイメージが強かったけど、あの宮澤も楽しそうにやってるし「爆速」だというのなら自分も活躍できるかもしれないと思って、入社することにしました。

初彼女は「ハッカソンで優勝したら付き合ってくれ」→結婚

大学を出てからも踏んだり蹴ったりだった佐野氏だが、ミクシィ在籍中に現在の奥様と出会うことになる。 

ネイキッドテクノロジーはエンジニアだけで構成された会社。佐野氏はデザインに対する課題意識を強く持っており、社会人向けのデザイン学校に通うことも考えた。そこで出会ったのが、現在の奥様だという。

佐野さん:学校見学のときが嫁さんと初対面だったんですけど、その時は嫁さんもボッサボサで垢抜けない感じで(注:とても可愛らしい方です)。はじめはぜんぜんグッときませんでした。
でもソーシャルメディアでやりとりしたりしているうちに、この人ならうまくやれそうだと思ったんです。でも僕はそれまで彼女がいなくて告白のしかたすら全くわからないんで、『mixi の社内ハッカソンで優勝したら付き合ってくれ』と宣言しました。で、見事に優勝したと。笑 

大きな理解者ができたことによって、ようやく精神的にも体調的にも安定を取り戻した佐野氏。心機一転、ヤフーでは「朝遅刻しない」といったレベルで真面目に働くことを決意した。


本業のiOSプログラミングを通して、一度諦めた数学と再会

ヤフー入社後は iOS アプリ開発者として WWDC に参加したり社内外で勉強会を開催。iOSアプリ開発者としての確かな技術が認められ、2014年には「iOS アプリ黒帯」にも認定された。

そんな折、2014年のWWDC で Apple の新しい開発言語『Swift』が発表された。意外にも佐野氏は Swift を通して数学と再会することになる。

佐野さん: Swift って演算子を自分で定義できるし、そのまま「Σ」という形の関数を作れたりするんです。社内 LT でそんな発表をしてもらえたら面白がってくれて、社外のiOS8勉強会でも「Swiftで学ぶ複素数」という発表をしたらえらいウケた。発表を聞いてくれた人からも「数学の話をする佐野さんは本当にたのしそう」と言われて、すごく嬉しかったんです。

家族もできて社会的にも安定したことで、一度数学から離れた過去の自分も許せるようになった。
そこでもう一度数学を勉強しようと思ったが、やはり9年のギャップは大きい。一週間有給をとって図書館にこもってもみたが、たった数ページしか進まずショックだったという。

「ひとりで勉強してもだめだ、継続的に勉強できる動機を作ろう」と考え、2015年の1月に「プログラマのための数学勉強会」を開催。予想を大幅に超えて人も集まり、評判も良かった。

佐野さん:これやーーーー!!!」となりました。すごく幸せだった。 開発の話をするのも楽しいんだけど、やっぱり自分が根源的に魅力を感じるものを語るのとでは、喜びの度合いは全然違いました。

「プログラマのための数学勉強会」を通して数学を語り合える仲間ができたことは、佐野氏にとって大きな前進だった。

数学への想いが溢れかえり、大学院受験へ

勉強会を通して再び数学の喜びに触れた佐野氏。しかし仕事も忙しく子供も生まれたばかり。腰を据えて勉強をする時間がなかなか取れなかった。

その後も 3月、5月、7月と数学勉強会を開催したが、数学への思いが高まる一方で、現実的には全然やれない・・・という状況への絶望感が募った。

そんな折にヤフーに「勉学休職制度」があることを知る。最大2年間、会社に在籍したまま勉学のため休職することができる制度だ。「これはもう学生になるしかない」と覚悟を決め、半ば反乱を起こすような勢いで大学院受験に至ったという。

補足:勉学休職制度とはキャリア施策のひとつとして、普段の業務を離れて専門的知識や語学力をより集中的に習得できる機会を提供するための休職制度。勤続3年以上の正社員を対象に、最長2年の期間で取得可能。

受験を決めたのが5月、そして9月に受験。かなり過酷な受験勉強だったが、勉強会で出会った仲間からのサポートもあり、合格通知を受け取ることができた。


「数学は自由だ!」

市原:2年間の勉学休職に向けて、今はどんな思いですか?

佐野さん:僕の好きな数学者で森毅さんという方がいて、彼は「自由に伴うのは責任ではなく危険ではないか」 といっていたそうです。

普通は「自由には責任が伴う」と言いますが、責任がともなうタイプの自由は条件付きの自由だと思います。例えば「宿題やったらゲームをやっていいよ」みたいなもので、自由にゲームをできる時間を得るために、一時間という条件を守らねばならない。でも、そんな条件も放棄したければ、家出しちゃえばいいんですが、そこには大きな危険が伴います。言い換えれば、条件付きの自由はその条件を守る“責任”がついてきて、自由になりたければ“危険”が待っている。

勉学休職制度」のおかげで僕も数学をやる自由を得ることができましたが、でもその間は給料もなくなるし仕事もできません。自由がよくて束縛が悪いということではなく、安全と自由を天秤にかけて人は立場を選んでるんだと思います。

市原:私もこの春で独立するので、身に沁みるお話です・・・。自由を引き換えにリスクをとるのは怖いですよね。

佐野さん:で、僕は数学の何が好きなのか考えてみたんですが、自由だから好きなんだと分かったんです。特に数学は自然科学の中にありながら自然界の制約すら受けません。何をやってもいい。正当性が権威ではなく論理によって支えられてるという点においても自由です。

古代ギリシャから中世までは数学は自然の中にあるものだったのですが、人間中心の時代になるにつれてそれも変わっていった。例えば「虚数」というものは存在しない数のように思われていますが、数学としてはそういうものを考えたほうがずっと上手く行く。数学は自然から独立することで、逆に既存の自然観を覆す法則の発見にもつながるようになったのです。

市原:半分ぐらいしか理解できなかった気がしますが、ワクワクします。佐野さんが数学の話をする時にとても輝いていることを改めて実感しました!帰ってきたらどうされるんですか?

佐野さん:自分の中の無駄なトゲが落ちて、学生の頃に感じていた不安もない状態で、改めてゼロベースで自分のやりたいことを探るのにはいいタイミングだと思っています。2年後に自分がどうなっているのか正直わからないけれど、今はあえて目標は決めないでおこうと思っています。2年間真っさらな気持ちで数学に打ち込めば、何かしら見えてくるものもあるだろうと思っています。がんばります!!!

 後日談:佐野さん、大学院生活はどうですか?

この原稿を社外公開するにあたり、会社を休職して大学院生活をされている佐野さんに近況を聞いてみました。

佐野さん:雨の日も晴れの日も数学してます。まだ追いつくのに必死で慌てて復習をしています。数学をしていると1日があっという間に過ぎて、もう一ヶ月過ぎようとしているのかと思うと少し焦ります。それでもやりたいことに没頭できるというのはとても幸せですし、この貴重な時間は大切に使わないといけないなと思っています。

僕の場合は一度数学を離れたのはよかったと思います。たくさんの良い出会いもありましたし、色々とあったお陰で人間として少しはまともになれたと思います(笑) 本当にやりたいことなら必ず戻ってくることになるので、「不退転の決意」みたいに堅苦しくやる必要はなかったんだと当時の自分に教えたいです。

この記事が同じような悩みを抱えている人にとって少しでもヒントになれば幸いです。

---------------------------------------------------------

いかがでしたでしょうか?私も佐野さんの休職とほぼ同時期に退職したのですが、慣れ親しんだ環境を離れることはやはり勇気がいりました(寂しさもありました)。でも、そこで培った経験や人のご縁というのは環境を変えたからといって朽ちるものではなく、次のステージに行った時に自分を支えてくれるものになるのだと日々実感しています。危険を冒してでも、魂の喜ぶ方向へ突き進むことがもたらす充足感もわかりました。
佐野さんのインタビューが、魂ドリブンで人生の選択をする際の参考になればインタビュアー冥利につきます!
また、佐野さんご自身でも院進学に至るまでの心境を詳細にブログで書かれてますので、こちらもどうぞ。→31歳からの大学院進学(数学・修士課程)


写真撮影:中井基

執筆、編集:市原えつこ


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

ご覧頂きありがとうございます!頂いたサポートは新作の制作費に使わせていただきます🙏🏻

感謝の念を送ります…
24

市原えつこ(メディアアーティスト)

メディアアーティスト、妄想インベンター。主な作品に喘ぐ大根「セクハラ・インタフェース」「デジタルシャーマンプロジェクト」(文化庁メディア芸術祭優秀賞、アルスエレクトロニカ栄誉賞)など。日経COMEMO KOL【公式web】http://etsuko-ichihara.com/

Favarite

1つ のマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。