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ヴァルコネ大運動会〜ちったぁルールを守れ〜

夏も近づいたある日の事。ニダベリ国郊外の大きく開けた土地に、種族を問わず沢山の人々が集まっていた。皆一様に気分が高まっており、期待に目を輝かせている。
「さあ!始まりました!第一回そして最終回!『世界最強は誰だ!?運動会』実況は私スクルドと!」
「……ヘルよ……なんであたしがこんなこと」
マイクを通した2人の音声が響く。本日は種族間での交流を深める為のイベント、「運動会」だ。
「そもそも何で交流を深める行事が運動会なのよ。冥府に帰りた……」
「ああっ!ヘル見てください!ほら100m走の選手が入場してきましたよ!」
ヘルの不満げな声を、スクルドと観客の歓声がかき消す。素早さに自信のある者達が続々と入場してきた。
すかさずマイクを持ったスクルドが興奮気味に選手を紹介する。ヘルも渋々マイクを取ったようだ。
「第1コース!剣の扱いはお手の物!ディエラです!」
「軍隊仕込みのスピードに期待ね」
ディエラは観客へのパフォーマンスと言わんばかりに体の周りで剣を舞わせた。観客から歓声が上がり、さらに熱気が増す。
「第2コースはフェイランね」
「盗……泥ぼ……ええ~、コホン。逃げ足の早さがここで活きてくるのか楽しみです!」
「スクルド、それ誉め言葉じゃないわよ」
フェイランが元気いっぱいにスタート地点につく。本気で勝ちを取りに来ているらしく、スニーカーだ。
「第3コースは……ああっともうスタート位置についています!」
「あたしは誰にも負けない!」
スクルドが紹介する前に、ウリンが大音声をあげる。第3コーススタート地点で連続宙返りをして見せ、余裕を見せつける。その足にはいつもの装甲はついておらず、白のシンプルなスニーカーを履いている。右足のスニーカーの側面にはインクで「えあじょーだん」、左足側面には「えあまっくす」と殴り書きされているようだ。
「それを書くと足が速くなるという研究成果が出ているのだよ~……」
観客席にはなんとも面倒くさそうに解説をする緑髪のドワーフ、ヴェルフェールがいた。
「なんだか不正っぽいにおいがしますよ……!スニーカーへのドーピングでしょうか!?」
スクルドが懐疑的な目をウリンに向ける。その頭をヘルが軽くはたいた。
「馬鹿ね。ただのいたずら書きよ。何の魔力も感じられないし、おまじないの域を出ないわ」
「じゃ、じゃあ認めますぅ……」
そんな実況席2人の話合いの最中、ウリンは1人ほくそ笑んでいた。いつもの快活な笑みではなく、少し邪悪な笑顔だ。
(悪いけれど、この勝負はあたしのもの!スタート直後にクイックを付与するもの!)
ウリンはスタートの合図と同時にスキルを発動する算段のようだ。
「第4コースは……まだ来ていないわね」
「い~や~あ~!」
ヘルの声に甲高い叫び声が重なる。小さな子供のようなその声の主は、ホズとバルドルに引きずられつつ足を踏ん張り、土にくっきりと跡を残している。運命神ヴァ―リだ。
「ほら、ヴァ―リ意外と足早いんだから、ね、頑張って」
ホズが容赦なく引きずりつつ励ます。
「お友達が出来るいいチャンスかもしれませんから、頑張りましょう?」
バルドルは柔和な顔を崩さないまま、ホズの数倍の力で腕を引く。
「目立ちたくない~!」
ヴァ―リが兄妹のみに見せる元気な駄々っ子姿を観客の前に晒した。
「バルドル、ホズ、そんなに無理をさせなくても……!」
スクルドがやんわりと静止に入るが、2人はふるふると首を振った。
「私たち3兄弟の中でヴァ―リが唯一今後日の目を浴びる可能性があるのです。この好機、逃せません」
「お二人だってこれから活躍されるかも」
「ホズは公式でもネタになってるわ」
「ぐふぅ!」
スクルドのフォローをヘルの一言が打ち破る。ホズがぐっと胸を抑え呻いた。
「反論……できない……!」
「ホズ、しっかりするのです!君が公式にまでネタにされている程に使われる場面がなく、限凸もフルオもされず、使用ランキングにも入らない、アリーナ・コネクトで見たことの無い人材だからこそ、ヴァ―リだけでも有名に……!」
「バルドル、ホズにとどめ刺さないで……!出るから、ヴァーリ出るからぁっ」
バルドルの無意識の攻撃により精神汚染を受け、身も世もなく地に突っ伏し泣き出したホズ。それを見たヴァ―リは仕方なく出場を承諾した。
「え、えっと……ヴァ―リのところは何とか大丈夫そうですね!えっと次は第5……」
「天界最強は伊達ではないっ!!!!」
「うわうるっさ!あ、いや、えと、失礼しました!あの声はトールですね」
「スクルド、お前今うるさいって……まあいいわ。トールは競走と聞いて飛んできたみたいね」
ヘルが若干呆れたような声音でトールの解説をすると、トールは持っていた大槌を振り回し、自身の腕力を観客に見せつける。
「まかせておけぃ!」
鼻息も荒くスタート地点につく。
「トール、槌を持って走らなくていいんですよ!」
スクルドが実況席から呼びかけたが、トールには届かない。大槌をさも当然かのように片手で持っており、これから始まる競争にしか意識がいっていない。
「俺が認めるのは、オーディンとお前だけだ!」
「なんでトールだけテンプレセリフなの?」
たまらずフェイランが第2コースからツッコんだ。

ヘルはそれらに目もくれず、スクルドに「早く始めなさい」と言わんばかりに小突いた。
「え、え~っと、選手が揃ったのでレースを始めたいと思います!鉄砲の音でスタートしてくださいね!」
「スタートの合図はヴォルフガングよ」
ヘルの紹介と共に、選手たちに程近い場所に狼の亜人、ヴォルフガングがやってきた。いつも通り長い銃を携えている。
「待ちなさい!」
「ガンスリングギャングのどの音でスタートすればいいのよ!?」
第1、 第2コースから物言いだ。
「何よ、時間がないからあまりごねないでくれると助かるわ」
「さすがに俺も今回は一発だけ撃つに決まってるだろ」
ヘルの注意と、ヴォルフガング本人からの弁明にディエラとフェイランは静かになった。
「さあ!それではお待たせしました!100m走です!」

『on your mark』

「ガンスリングギャング!」
「テンペスタ・スパーダ!」
「くぉら!そこのチャイナ女ぁ!俺の時計返せぇ!」
「ああ!ばれちゃった!やば!」
「トレント・ロア!」
「こっちこないでぇ~!」
「アルティメット・ボルト!」

一瞬の内に大量の事件が発生する。

まず、「一発しか打たない」と豪語していたヴォルフガングが、誤って慣れ親しんだ3連打ちを披露。選手は混乱の中での出発を余儀なくされた。

その一番の被害者は、第1コースディエラ。生真面目な彼女はヴォルフガングの3発目発射を待ちスタートし、自身のスキルを発動させ他選手に襲い掛かった。攻撃が当たれば相手がスロウ状態になり彼女にとって大変有利な試合となる為だ。しかし、その目論見は失敗する。他全員がヴォルフガングの1発目で動き出しており、スタート地点はもぬけの殻だったのだ。さらに運の悪いことに、同時刻に起きたトールの「アルティメット・ボルト」の効果を避けきれず、麻痺しその場に転がった。
そして第2コースのフェイランは、開始早々に棄権を余儀なくされる。運動会開催前にくすねた高級時計の持ち主が追いかけてきたのだ。彼女は服の中にしまったその時計を握りしめ、目にもとまらぬ速さで観客席に紛れ込み逃走した。
それと時を同じくして、ウリンはスタートから1m地点の地面に刺さっていた。スキル「トレント・ロア」を発動したはいいものの、その技が「飛び上がって相手の懐に足を突き刺す」事を失念していたのだ。彼女は猛スピードで飛翔した後、しっかりと地面に斜め45度で刺さった。「えあじょーだん」の文字が悲壮感を漂わせる。
第5コース、トール。彼は何故か自身のスキル「アルティメット・ボルト」を発動し、目の前の土を叩いていた。今は何故かリミットバースト「サウザンドグレイヴ」を発動している。

「だっ大混戦です!まず、えっと、フェイランがいなくなりました!ウリンは刺さってますねあれ!しっかり地面に刺さってますね!でもなんでウリンあんないい笑顔してるんですかね!?」
「自分のスキル内容をしっかり忘れて発動した事で、恥ずかしさよりも面白さが勝ったみたいね」
ウリンは地面に「えあまっくす」の方の足を埋めながら手を叩いて笑っている。クイック・みかわしの効果も発動し、小刻みの振動をし始めている事も笑いを助長させる要因らしい。
「えっと、あとトールは」
「『よぉし!飲もう!』と言っているしもう彼は放っておいた方がいいわ。もともと彼、別に素早くないじゃない」
「ヘル、冷たいですね!?」
「これ以上どうやって『天界最強』さんにコメントするのよ……」
2人がマイクを通して実況の体を成していない実況を続けている。
「ねぇ……」
その後ろから小さな子の声がした。しかし2人は目の前のトラックで起きた出来事に夢中で気づかない。その子供は少し逡巡すると、ヘルの髪先を引っ張った。
「ねぇってばぁ……」
「だ、だれよ私の髪を……」
振り返ったヘルが固まった。スクルドはヘルの異変を察知し体の向きを変える。そこにいたのは
「走り……終わったよ……」
小さな運命神、ヴァ―リだった。

100m走は、離脱者4名、完走1名。運命神ヴァ―リの勝利で幕を閉じた。