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パンデミック家族

昨年まではほそぼそながら読書記録つけたり、Bリーグ見に行って観戦記録つけたりしてたけど、今年に入ってからすっかりご無沙汰。
読書はほそぼそと続けてるけど、記録を書くまとまった時間を、自分の癒やしタイムにあててしまっている。

癒やしタイムなんていっても、アロママッサージとかネイルサロンとか、そんなオシャレな癒やしではない。
基本が俗物で庶民100%な私の癒やしタイムは、当然俗っぽさにまみれていて、せいぜいスマホでネットニュース斜め読みしたり、Twitterでくだらないこと呟いたり、ツムツムしたり、その程度のものだ。
PCに向かってガッツリ文を作るほどの時間はなく、スマホで空き時間にポチポチ入力するのもまどろっこい。音声入力は家族がいて、いちいち反応されるから無理。
そんなこんなで、この1年ちかく、書く気力が起きない状態が続いている。

心も体もすっかり尻の重くなり、何かをアウトプットすることからすっかり遠ざかっていた私だったが、その重い尻を動かす、「どれ、ちょっと書いておこうかな」と思う出来事があった。
正確にいうと、現在進行形で起きている。

パンデミックがとまらないのだ。

我が家は、夫(42)、私(41)、長男(9)、次男(6)、三男(1)の5人家族。
この家族たちが順番に、あれやこれやの病にかかっていて、それが4月から地味に地味に続いている。
基本は子どもたち中心だが、とうとう7月に入ってからは、私&夫の大人組にも病の気が飛んできた。

こう書くと、
「もともと病気の多いご家庭なのかな?」
と思う方もいらっしゃることだろう。
もちろん、我が家もそれなりに病気はする。
だが、私の家族は基本的にとても丈夫だ。

長男は保育園の0歳児クラスの頃の発表会で、友人のほとんどがRSウィルスで欠席したなか、見事、健康な状態を保ち、たった2人で発表会のステージにたち、それはそれは可愛らしく「ぶんぶんぶん」を踊りまくった男だ。

次男はその長男以上に健康体だ。
めったに病気にならない。
特にエピソードはないけど(ごめん。次男)、とにかく丈夫だ。

仕事をしていると、母親は子どもの看病で有給を使い切るという話をよく聞くが、私は使い切ったことはない。
毎年10日以上有給があまり、次年度に繰り越すことができる。
つまりまぁ、基本的にはそのくらい丈夫な家族というわけだ。

そんな丈夫なはずの家族たちが、どんどん病に倒れていく。
我が家的には由々しき事態。

FacebookやTwitterで、この惨状をつどつど嘆いていたのだが、ここまで続くと
「この状況をどこかにまとめておきたい」
と思うようになった。
こんなこと、そうそうあるものでもないし。

4月

4月は色々あった。
前半のトピックスでいうと、次男が入学式前日に発熱したことだろう。

なぜ。
こんなセレモニーな日の前日に‥。
幸いなことに次の日には熱もさがり、なんとか入学式に出席することができた。
思えばこのあたりから
「おかしいぞ」
という違和感はあった。

そして、4月の最大の山場といえば間違いない。
次男の盲腸だ。

腹痛をうったえ嘔吐した日曜。
日曜日にやってる病院にいき、胃腸炎と言われた。
次の日には発熱もでてきたため、改めてかかりつけ病院に。
病院の待合室で私の膝に頭をのせ、ぶるぶる震えていたかわいそうな次男。かなりの順番待ちだったのだが、看護師さんもやばいと思ったのか、順番を飛ばして見てくれた。
結果、胃腸風邪。

しかし、薬を飲んでも一向に良くならない。
夜の19時頃にはとうとう「痛い痛い」とうずくまって動けない状態に。
「これはただの胃腸炎じゃない‥」
「盲腸ではないか」
と、医療素人の私たちも気付くほどのヤバさに。

いきなり夜間救急に行くのも不安なので、困ったときの「安心ほっとダイヤル」で、病院にいったほうがいいか相談。
夜間救急の病院を教えてもらいすぐさま夫に連れて行ってもらうことに。
夜間救急でいろんな検査して盲腸とわかり、日付が変わる頃、緊急手術。
そのまま入院となる。
この日、夫が早めに帰ってきてくれていて本当に助かった。

このとき、私はまだ仕事復帰前。
長男次男は学童に通っておらず、三男も保育園の慣らし保育中。
私一人で入院中の次男に付き添い、すぐに帰ってくる長男や保育園児の三男のケアをすることは無理なので、夫はGWを待たず、休みをとった。
付き添い不要の病院であれば親はいなくてもよいらしいが、ただでさえ痛くて辛くて寂しい入院生活。
次男を一人ぼっちにしておく判断は私たちにはできなかった。

男性の育児に理解のない会社だったら、夫はGW後、地方に飛ばされるか倉庫番になってしまっていたかもしれない。
ちなみにこのあとも、病気が続き、夫は早く帰ったり、休みを使う日が多くあった。
夫の会社がいい風土の会社で本当に良かった‥。
(風土関係なく空気読まずに帰ってきてる可能性もなくはないが‥。)

次男はたいそう我慢強い性格だったようで、開腹してみたところ、腹膜炎でお腹のなかがグズグズだったらしい。
(グズグズって表現におそれおののき、その後、私は付き添いのベッドで何度も腹膜炎を検索しまくることになる‥)
慎重に経過を観察しながらの食事開始となったため、入院も長引き、平成最後の日にやっと退院。
令和まで引きずらなくてよかった‥。

4月の病の数々。
違和感を感じ、これは夫の本厄のせいではないか?!と、疑い始めたわたし。
普段はまったく信じないクセに、こういうときになると、非科学的なものに答えを探し求めるようになる浅はかな自分。(人はこうして新興宗教にハマる)
加えて、細木数子の六星占術も調べてしまい、夫だけじゃなく天王星人プラスの私自身も2019年は乱気の年で、3-5月は大殺界月と知る。
とりあえず「ちゃんと厄除けいこう」と私は心に誓った。

令和元年 5月

令和初日。
厄除けにいくことにした。
自宅から40分ほどのところにある厄除け不動尊に行き、夫の厄をきちんとおとそうと。

が、ついて、厄除けの値段をみた夫は長考した。
厄除け9000円。
高い。
厄除けの値段なんてそんなもんなんだろうが、そもそも私以上に非科学的なものを信じない超合理主義の夫。
いるかいないかもわからない神様に9000円も払うことを彼はしぶりだした。
「お札でいくね?」
とか言い出す夫。
「いやいや、やっとこうよ、ここまで来たし。」
と私も一応言ってみたものの、基本は神様なんて信じない2人。最終的に、1000円のお札を2枚買っただけで帰ってきた。
なにしにあんなに遠くまで行ったんだ‥。

厄除けの効果もあったのか、ご覧のとおり、5月はそれほど大きな大病もなく過ごすことができた。
あえてあげるとすれば、三男の蕁麻疹。
夫帰宅途中だったが、帰宅を待たずに上2人に留守番しててもらい、私が車で夜間救急に連れて行くという初めての経験。
4月から車の運転をはじめた私にしてはかなりのレベルアップ。
結局、待ってる間に蕁麻疹はひき、夜の23時すぎに帰宅。弱ってるとちょっとした食べ物で出ますよね、ってことで終わった。
晩ごはんの鮭の唐揚げで使った油が原因かもしれない。。。
油はもったいぶらずに新しいのを使おうと学んだ。

6月


7月

6月から7月にかけては、ぜひ続けてご覧いただきたい。
おわかりだろうか。
6月後半から大なり小なり、毎日なんらかのトラブルが続いている。
なんにもない日が数えるほどしかない。

なんにもないようなことが、幸せだったとおもーう♪

今、我が家ほど虎舞竜が似合ううちはあるまい。

6月は母の見舞いにも行った。
本当は4月に見舞いにいくつもりで、飛行機のチケットも予約していたのだが、次男の盲腸騒ぎと重なり、当日飛行機キャンセルしていたのだ。

母は20年前からパーキンソン病を患っており、もうかなり進行している。介護レベル4で自力歩行はできない。
普段は老老介護でものすごく耳の遠い父と、ケアマネの方、地域の方にサポートいただきなんとか暮らしているのだが、薬があわなくなり、体調不良をうったえたため、リハビリ病院に入院することになった。
私の見舞いを嬉しく思いつつも、心細くなっているのか、なにかっつうとすぐに泣きだす母。
子どもの近くで暮らしたい母と住み慣れた土地から離れたくない父。
そもそも関東によびよせたところで介護老人向けの装備もない狭い我が家に暮らせるわけもなし。
介護施設も夫婦そろって入れるところなどなかなかない。
っていうかそんな金もたぶんない。
介護問題は子育て以上に悩ましい。
もう何年もこの問題の答えがでない。
日帰り帰省だったが、暗澹たる気持ちでお腹いっぱいになり、帰ってきた。

そこから‥。
病の連鎖はますますヒートアップ。
毎日誰かがやられていく。
ちょいちょい、長男の蕁麻疹とか、長男の奥歯がかけるとか、軽微なものも発症。
とうとう私にも来た。
体にあらわれた発疹とかゆみとむくみ。
同じものが次男にも。
次男、溶連菌。
私も溶連菌かと検査しにいったらなぜか陰性。
じゃあなんなんだ、私のこれは。

週末には私と次男の症状も落ち着き、この土日はやっと通常モードかとほっとしていたら、とうとう夫にも。。
夫、溶連菌。
熱と関節痛に倒れ、少し楽になるはずの土日、ワンオペを余儀なくされる。

荒れる我が家。

荒らす三男。

やっぱり、ちゃんと厄除けに行こうと思う。
結局、高く付くけど。

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