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私になにがある?

基本的に私は陽気な部類だと思う。
少なくともパッと見はそう見える。自分だって、陰か陽かでいったら完全に陽だと思っている。

だからといって、いつも陽気なわけでもない。
普段は忙しさと勢いで乗りきっているが、なんかちょっとしたきっかけで、フォンと気持ちが落ちることもある。

なんだろね?
ホルモンバランス?
更年期?
年齢的にシャレにならんわ。

私が勤めている会社、サイボウズは、働き方が柔軟だったり、おもしろい制度が多いってことで、ありがたいことにときどきメディアにとりあげられている。

給与評価制度もおもしろい。
創業時からいろんな評価制度を試してきたのたが、現在は「市場価値」で給与を決めている。


市場価値なので、お給料は
「あなたが転職したらいくら?」で決まる。

これ、なかなかヘビーだなぁと思う。

市場価値って言われちゃうと、お母さんってフラグがたった時点で、市場価値は著しく下がる。
転職活動して、書類で落ちまくったから身をもってわかる。
(私の経歴がたいしたことなかったというのもおおいにある。)

元気なときはいいんだけど、ちょっと元気じゃなくなると心の闇となってこの「市場価値」というワードが私に襲いかかってくる。
「私に市場価値なんて、そもそもないんじゃない?」
「私になにがある?」と。

別にこの制度に不満があるわけでもないし、この仕組みがやだな、とも思ってはいない。
むしろいい仕組みだよね、と思う。

ただ、現実として、「市場価値」と言われると、条件的にもスキル的にも、
「価値…ないな…」
と言わざるを得ない。
ちょっと給与交渉でもやってみたい、と考えたりしてたけど、
「あ、そんな偉そうなこといえる立場じゃねーわ」
と、今、思い直している。
理想はこうあるべきとかおいといて、現実として今の社会では、小さい子どものいる普通のスキルしか持たないお母さんなんて、残念だけど市場価値はほぼない。

それでもゆっくりだけどマシにはなってきている。
私が転職する前は、お母さんが転職なんて相当無理だったと思う。
私が転職した2015年もやはり厳しくて、スキルも中途半端だった私はパートかバイトになるだろうと半ばあきらめていた。
今は人材難が深刻になっているので2015年よりも入りやすくなってる思うが、それでもまだまだ厳しいだろう。

なんでしょうね。
何が悪いわけでもない。
会社が悪いわけでもない。むしろ良い。
社会もまだまだだけどマシにはなってきている。
ただ、現実として、己の仕事面における価値の低さには落ち込む。

いや、だからといって、自分自身のすべてに価値がないとは思わない。
私がいないと家族がたちゆかなくなるのはわかっているし、触るものみな傷つけるような悪いやつではないはずだ。それだけで生きてる価値は十二分にある。

ただねぇ。
市場価値って言われちゃうとね…。


だがまぁしかし。
今はジョブチェンジもしちゃったし、市場価値的にはリセットされた部分もあるので仕方ない。
そして、それに対して後悔もない。
我慢のときなんだろな、と思っている。
三男、まだ1歳だし。
粛々と、自分のできることを増やしていくしかない。

会社になんかしてほしいわけでもない。
「社長が代わったら一回会社はリセットする」と社長がいっているし、「会社がなくなっても生きていけるようになっといてね」と言われてる。
そんな環境にいるおかげで、自分のキャリアも本気で考えるようになるわけだし、いろんな可能性を模索できている。
大船にのったつもりだったのに50歳くらいで突然放り出されるよりずっと危機感をもってキャリアを考えられる。
むしろ「危機感あおってくれてありがとう」だ。

だからまぁこれは私の気持ちの問題。

ホルモンバランスが整えば、たぶんまたもとに戻るはず。
人生も感情もあがったりさがったり。
そんなもんよね。

さて。
今日は、会社を休んで、
警察署に落とし物とりに→学校の係活動→学校の係活動その2
というタスクをこなす予定。
休みだけど休みじゃない…。
がんばるぞ。

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