OT図

文明と地図を考える その9

今回からは、古代ローマ帝国滅亡後の中世社会と、地図との関係について取り上げたいと思います。

古代ローマ帝国の時代、プトレマイオスの地図に代表されるように地図はより科学化・数理化し、私たちが見ても「お、実際の形に近づいてきた!」という印象でした。

しかし、古代ローマ帝国の滅亡は地図を思わぬ方向に変化させていきます。


①「古代」の終わり

4世紀末、ローマ帝国の衰退は顕著になります。そしてついに帝国は東西に分裂、西ローマ帝国は476年、南下したゲルマン民族により滅ぼされてしまいました。

この時期、地球は寒冷期に入ったため、北方民族(ゲルマン民族)などが南下したと考えられています。

ちなみに余談ですが、古代~中世、戦争が起こる要因として大きいものは何でしょうか?


答えは、「食料調達」です。

例えば日本の戦国時代。ドラマなどの影響で、「天下統一を目指す殿様」と、「忠誠心の熱い家臣たち」が戦うのだ!というイメージをお持ちの方も多いと思います。

しかし冷静に考えると、殿様の大きな夢だけに、何代にもわたって生命と財産をすり減らして付き合わされる家臣と領民。

ドラマとしては美しいですが…やっていることは戦争ですし、かなり違和感のある図ではありませんか?

本来、戦争は自分たちの生活を守るために行われていたものです。

食糧が不足している場合、生きるためには他の地域から奪い取るしかありません。奪い取るためには武装が必要で、逆に略奪から身を守るためにも武装が必要だったのです。もっとも原始的な戦いの理由ですね。

室町期~戦国期は、日本は平均気温が低い時期だったようで、凶作と飢饉が頻発します。食糧不足が慢性化し、争いが頻発したようです。
(平安~鎌倉期は、権力者の派閥争いの要素も大きかったですが…)

江戸時代に米の生産を強く奨励したのも、まだその時代の影響が残っていたからです。


話を本題に戻します。

西ローマ帝国がゲルマン民族によって滅ぼされた際、ギリシャ・ローマ時代の遺産の多くは破壊されていきます。

それは都市などの構造物だけではなく、科学技術や文化も含まれました。

そして、人々はその動乱期の不安感の救いをキリスト教に求めました。

古代科学が失われ、キリスト教の力が増大する…これが、西ローマ帝国滅亡後のヨーロッパ世界の流れです。


②古代科学の衰退、聖書の世界の隆盛

古代科学の衰退は、地図の世界にも決定的な影響を与えていきます。

下の地図は、この時代に描かれた代表的なものです。

…あれ?と思った方、多いと思います。

すごくシンプルになっているし、そもそもイタリア半島とかどこに行ったんだろう?前回までインド半島が…とか話していたような気が。

もう少し具体的なものを載せます。

…大差ないですね。では、もうひとつ

前のよりは地図っぽいですね!

でも、やはりプトレマイオスの地図から比べると違和感があります。そもそも、何がどこにあるのかわかりません。イタリア半島はどこ?という状況は相変わらずです。

実は最初の2つの地図は「OT図」と呼ばれ、中世ヨーロッパでは一般的なものです。「O」を描いて、その中に「T」を描いただけ。シンプルさが際立ちます。

3つ目の地図は「マッパムンディ」と呼ばれる地図のうち「ヘレフォード図」と呼ばれるものです。ヘレフォード図についてはまた後で触れます。


以前の記事の話を思い起こすと、

地図は「実際に到達した場所は正確に描かれる」傾向にありましたね。

当時、実際に遠方に出向く多くの理由は「交易」でした。

ところが、中世に入ると「荘園制度」と「封建制度」が確立されます。この制度は、狭い領域の中で自給自足的な生活を営むことが多く、貨幣経済や交易はローマ時代に比べて大きく衰退します。

そのため、広域にわたる科学的な地図はほとんど必要とされませんでした。

さらに、キリスト教の力が強まったことにより、科学を神学が上回るという力の変化が起きます。

聖書の世界では、地球は平面です。

地球球体説は、異端として激しく攻撃され、忘れ去られていきます。


この地図では以前とは違う点がいくつかあります。目立つところでは、

・東が上(アジアが上)で描かれている

・周囲にオケアノスが復活

です。

まず、東が上に描かれているのは、

聖書では、東の果てにはエデンの園があるから

です。

聖書によれば、かつて人類の始祖であるアダムとイブが暮らした理想郷です。その人間が憧れても決してたどり着けない(戻れない)理想郷が、東の果てにあるとされていました。

そして、地球が平面であるため、世界は海に囲まれており、その周囲には悪魔や伝説上の動物が存在している、と考えられていました。

ちなみに、OT図の中にエデンはありません。

地図には描かれていませんが、オケアノスのはるか果て、人間がたどり着けない彼方に別の陸地が存在しています。

その地は、ノアの大洪水以前に人間が暮らしていた場所で、その陸地の東の果てにエデンがあるとされました。

つまり、人間は罪を犯すたびにエデンから遠い地に追いやられている、という考え方です。


OT図は、新しい概念は入っているものの、それはあくまでも神学のもので、科学的なものではありません。

ちなみに、3つの大陸は、上(東)がアジア、左(北)にヨーロッパ、右(南)にアフリカとなっています。

さらに、Tの字の縦は地中海、横はドン川とナイル川を示しています。

そして、地図の中心は聖地エルサレムです(これは描かれていませんが)。

古代に描かれた科学的地図とはかなりかけ離れたものであることがおわかりいただけたでしょうか。

しかし、宗教世界を描く地図は、科学的ではないのですが面白い特徴を示すことがあります。

これは、仏教の「曼荼羅」と呼ばれるものです。

仏の世界を表したもので、宗教的な世界を示した地図、という意味ではOT図と共通する部分があります…。

ちょっと長くなってきましたので、今回はここまでにしたいと思います。


次回は、3つ目の地図「マッパムンディ」について書いていきます。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!





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