行基

文明と地図を考える その15 「行基図」①

前回の記事では、中世の地図の集大成、イドリーシーの地図について触れました。

それまで触れた古代から中世までの地図をそれぞれ見ていくと、思想的な部分と数理的な部分のバランス、そして実用性をどれくらい重視するかなど、当時の社会背景が地図によく表れていました。


今回から少しの間、ちょっと地域を変えてみたいと思います。
取り上げるのは日本の地図です。
ひとまずは古代から近世(江戸時代)まで、地図がどのように変わっていったのかを見てみたいと思います。

というわけで…今回のテーマは


日本の最古の地図とは?

2週間ほど前、大きく取り上げられたニュースがありました。

それは「最古級の日本地図発見」というものでした。

発見された地図は、「日本扶桑国之図」と呼ばれます。

現存する日本全体が描かれている地図としては最古とされていて、

・北海道が描かれていない
・海岸線や「国」の境界線はかなり大雑把
・佐渡島や伊豆大島など、主要な島が描かれている

という中世までの日本全図によく見られる特徴があります。
また、この地図固有の特徴としては

・「龍及国(りゅうきゅうこく)=現在の沖縄」が描かれている
・港町の表記が多い

という特徴がみられます。

龍及国の記載は鎌倉時代、港町の表記は水運が発達した室町時代に増えました(室町時代作とされた大きな理由のひとつ)。
ちなみに、龍及国には、「頭が鳥・体が人間」の住民がいる(!)との記載があります。

実は古代~中世の日本地図には、中国や朝鮮の他に「羅刹国(鬼が住むところ)」や「雁道(異形の者が住むところ)」などの異国の記載があるものも多く、龍及国の表記もそれに近いものです。

桃太郎の「鬼が島」をイメージしていただくとわかりやすいでしょうか。

いずれにしても、この龍及国の表記には当時の人々の海外意識がよく表れていると言えます。


更に有名な地図としては「行基図」という地図があります。

この地図は、1656年(明暦2年=江戸時代)に出版された書籍についていた地図です。

この地図の原図は、行基という人物が描いたとされています。

行基は、奈良時代に活躍した仏僧です。
当時は「国のために祈る」ことが中心だった仏教を民間に普及させ、数々の土木事業や慈善事業を推進して、人々を救うことに力を尽くしました。
その活動は朝廷の方針に反していたためたびたび弾圧をうけたものの、人々からの圧倒的な支持により弾圧を跳ね返し、最終的には聖武天皇から東大寺建立の責任者として招かれるほどになります。
(東大寺の大仏を造立する責任者として大抜擢されたのです)
日本で最初の「大僧正(仏僧の最高位)」でもあります。

ただ、行基が描いたというのはあくまでも伝説で、原本も現存しません。
その模写とされる地図はそれぞれの時代に残っていて、最古のものしては805年(延暦 24 年=平安時代初期)とされるもの、また1305年(嘉元3 年=鎌倉時代末)に写されたとされる京都仁和寺蔵のものがあります。


恐らく、現存する日本地図で年代がかなり正確に特定されているものとしては、京都仁和寺蔵の地図が最古なのではないかと思います。
もちろん、今回発見された地図は「欠損がない完全なもの」で「年代が最古に近い」という点で、超一級の資料であることは間違いありません。


ところで、よく見ると、これらの地図は山城国(今の京都府など)を中心に五畿七道が描かれています。
行基が活躍したのは奈良時代(都は平城京=奈良)なので、この地図が原本そのままだとすると、当時は存在しなかった都(平安京)を中心に描いているのはおかしい、ということになってしまいます。

可能性としては、

・実際に行基が作った地図が、時代に応じて加筆修正された

・平安時代に描かれた地図が、「こんなすごいものを描けるのは行基様しかいない」と、半ば伝説化していた行基と結びついて「行基が描いた」ことになってしまった

などが考えられますね。
正直なところ、どちらも可能性はあると思いますが…。

さて、改めて「日本扶桑国之図」と「行基図」をもう1度見てみましょう。
「日本扶桑国之図」は、比較のため回転させました。

図をよーく見てみると、全体的に「丸い」印象を受けませんか?
国境も海岸線も、ギザギザとした形ではなく、お饅頭を積み重ねたような形…と言えばいいのでしょうか。

この描き方は、海外の地図でもあまり見かけない珍しいスタイルです。
これを、日本は平安時代初期から江戸時代までずっと変わらず続けていたことになります。

比較のために、下に、今まで取り上げたヨーロッパやアラビア世界の代表的な地図を載せてみます。

この中では、アラビア世界の地図(上から3番目)が、曲線を基調に描いているあたりでちょっと似たような部分がある気がしますね…。

さて、長くなってしまいましたので、次回はこの続き、日本地図のお饅頭的な描き方、その理由について考えていきたいと思います。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


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