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高卒で入社した会社を辞めるRTA③

会社を休まなければよかった。

入社二か月目、初めて会社を休んだ翌朝、心からそう思った。
休んだ当日はとにかく今日はなにも起こらないという安堵感でいっぱいだったけど、翌朝会社に向かう前にどうしても行きたくないと思ってしまった。
今までは何とか自分を奮い立たせて出勤していたけれど、一日休んだだけでどうしようもなく怖くなった。昨日いきなり休んだことに対して何を言われるのか考えるだけで気持ちが沈んだ。


いつもの通りはやく出勤して掃除をしたあと、ロッカーに入った。いつもはいないきつねたちとたぬきたちが既にロッカーにいたので昨日休んだことに対しての謝罪とお礼を言った。
きつねから、褒゜めさん、たぬきさんにきつねさんたちにいじめられてるから助けてほしいって頼んだそうだね。と言われた。
頼んだわけではないが数日前のたぬきの行動から、私がたぬきに頼んだけど断ったときつねに伝えたのだとすぐにわかった。


私たちがいじめをするわけない。

被害妄想だ。

私たちは指導をしているのに失礼じゃないか。

いじめられてる証拠なんてないくせに嘘を言いふらしている。

許してほしかったら土下座しろ。


私は狭いロッカー室で、きつね3人とたぬき3人(内1名が同期ちゃん)に向かって土下座をした。
6人は何も言わずにロッカー室を出て行った。


夕方になり、店長から呼び出され「いきなり休むなんて社会人としての意識が足りない」と注意を受けた。その際に、褒゜めさんのことは他の女性社員たちから色々聞いているけど嘘を言うのは良くないとも注意された。

味方はどこにもいない、とこの時思った。

いつも通り夜の8時で仕事を切り上げ、自転車で駅まで向かい、いつものバスではないバスに乗り込んだ。死のう、と思っていた。


家の最寄り駅に向かうバスとは違う方向のバスに乗り込み、適当な場所で降りた。
少し歩こうと思って見知らぬ場所をうろついた。しばらくして、母親から電話がかかってきて今どこにいるのか聞かれた。時刻は9時を過ぎ、いつも私が帰宅している時間を越えていた。
どこにいるのか分からず、近くの信号の看板を読み上げた。電話口は父親に代わっていて、近くにコンビニがあるからそこにいなさいと言われた。


あーあ、これはお父さんにもお母さんにも怒られちゃうな。それよりも飽きられちゃったらどうしよう。そんなことを思いながらコンビニの壁際に座り込んだ。今でもあのコンビニがどこのコンビニだったのかは覚えていない。
全く別のバスに乗ったつもりだったが、案外近かったのかすぐに迎えの車が来た。母親が降りてきて車に誘導されると運転席に父親が、後部座席に大学生の姉二人がいた。車の中はなぜか油臭く、空気がよどんでいた。


次女「褒゜め、今日の夜ご飯からあげだよ。持ってきたよ」

そう言って、次女の膝の上には大きなお皿にたくさん盛られたからあげがあった。油臭さはこのからあげのせいだった。

長女「私はごはん持ってきた、あとフライドポテト」

長女はお茶碗に山盛りにもられた白米とお祭りの屋台のようにフライドポテトを紙コップにいれて持っていた。
帰ろう、と母親に背中を押されて私は車に乗り込んだ。車内で泣きながら食べたからあげは、久々に味がした。


会社でいじめられていることを家族に初めて話した。私は隠しているつもりだったけど、全員私の様子がおかしかったことに気が付いていた、らしい。
迎えに来てくれた家族の行為が嬉しくて、さっきまで死のうと思っていたことを忘れた。
今すぐにでも辞めて良いと言われたけれど、まだ頑張れる気がどんどんみなぎっていた。


この日を境に、私は自転車→バス→自転車の通勤を辞めた。母親が会社近くまで毎日送り迎えをしてくれた。はやく免許を取りたかったけれど、母親が休みの日は休もう、私が送り迎えをすると言ってくれた。
あんな女たちに負けたくない、と思えるようになった。


そこから半月ほど今までにないくらい強気で働いた。強気でいるとたぬきたちは話しかけてこなくなった。
きつねたちからの「指導」は毎日続いたが、はやく仕事を覚えてしまおうという気持ちの方が大きかった。


入社二か月半、休みの日に母の姉である叔母と会った。叔母は母から私の状況を聞いており、もっと賢く動くべきだと言われた。
その日、叔母からボイスレコーダーをもらった。きつねたちの発言を録音して、上に提出すべきだと言われた。
私は一週間かけてオフィスでの発言を録音した。強気でいるとたぬきたちが寄ってこないのでわざと弱弱しいフリをした。するとたぬきはすぐに寄ってきていじめられるのは当たり前と言ってくれた。


ある程度音声が取れたところで、私は店長に提出した。
店長はその場で音声を聞いて、絶句していた。こんなことあってはならないと、すぐに対処すると約束してくれた。
これできつねやたぬきたちが指導を受けるか、私は別の支店に行くことになるかもしれない。別の支店に行きたい。ようやくこの支店から解放されるかもしれないと思った。



「私たちを録音するなんて常識ないんじゃない?」



翌週の入社二か月四週目の木曜日の朝、きつねから言われた。
手のひらから力が抜けていくのが分かった。音声を渡したのはその週の火曜日で、店長が動いてくれると言っていたのに、きつねは私にそう話しかけてきた。
店長の方に顔を向けると目が合ったあとに逸らされた。私は提出先を間違ったのだと悟った。


店長から、僕らも事務員さんたちに仕事をやってもらってる側だから仕方ないことなんだよ。と言われた。
まだ仕事が出来ない私より仕事のできる人たちを守るのは当たり前なのかもしれない。完全に提出先を間違えたのだ。


きつねとたぬきから今後も働きたいのなら以下のことを守ることと言われた。

①二度と録音をしないこと(録画も同じ)
②人のせいにしないこと
③他の支店に言わないこと

障害者の褒゜めちゃんに守れるかな?ときつねから手を握られた。

「守れるよね?仕事のできない褒゜めちゃんはここ以外に行くとこないもんね。障害者なんてどこでも雇ってくれないよ」

そこから家に帰るまではあまり覚えていない。家に帰り、熱を計ると38度を越えていた。
日中頭がぼーっとしていたのはこのせいだったのかと妙に納得しながら両親に今日の出来事を話した。話すだけ話してからすぐに寝込み、翌朝にも熱は下がらなかった。


熱がある為お休みをさせてほしいと会社に電話を入れると、店長から今日の夕方話をしようと提案をされた。
私の家の近くのカフェで今後のことを話そう、と言われて了承した。
今なら、いや熱があるんだから休ませろよと言えるかもしれないが、当時は言えなかった。


夕方になりカフェの駐車場で母親と待っていると社用車が入ってきた。
店長が運転席から降りてきて、それに続いてきつねたち3人が降りてきた。
1人で話し合いに応じるつもりだったが状況が変わった。まさかきつねたちを連れてくるとは想像していなかった。
母が「私も聞くから」と車を降りた。私は怖くてしばらく車を降りることが出来なかった。母は私が降りれない間に降りてきた4人と何かを話していた。

後から聞いた話だと、何故きつねたちを連れてきたのか、そんな状況であの子が話せるわけないと抗議をしてくれていたそう。

カフェに入り、店長から母が同席することに対して嫌味を言われたが、母は「この子はまだ18歳の未成年なので」と突き返した。
ここからの会話は正直あまり覚えていない。記憶をとばしてるのか熱のせいでぼーっとしていたのかも分からないが、覚えていることをかいつまむと、


①仕事をする能力が低い
②正社員として働き続けるのは会社としても損失なのでパート勤務にしたらどうか
③障害者の子を雇う制度は弊社にはない



という内容だった。母親の前で障害者と言われるのがどうしようもなく申し訳なかった。
なにか反論していた母がどんどん無言になっていくのも恐ろしかった。

一通り4人から話され、最後にきつねから「自業自得だよね?」と言われた。
母はお帰り下さい。と頭を下げた。


家に帰り、父が帰ってくると母は今日の出来事を話した。父は私に支店の電話番号を聞き、部屋に戻っていなさいと言った。
部屋に戻り、自分のなにがいけなかったのかずっと考えていた。


30分経った頃に、両親が部屋に入ってきて「会社を辞めなさい」と言ってきた。
今、店長と話をした。あんな店長の下で働くのは辞めなさい。今日は金曜日だから、来週の月曜日に辞表を出してすぐに辞めなさい。
父はそう言うと部屋を出ていき、母はよく頑張ったよと抱きしめられた。



本当に頑張ったのだろうか?会社の言う通り私が悪かっただけではないのか。
もっとうまく立ち回れなかったのか。
やっと辞められる。



頭の中がぐちゃぐちゃで自分の気持ちが全く分からなかった。



入社三か月目、7時に出勤すると既に店長が出勤していた。
「話がある」と言われ、会議室に行こうと言われたが、私は辞表を提出した。

「今、この限りで辞めさせていただきます」

と頭を下げると、そんなことが認められると思っているのか!と下げた頭に言葉が降ってきた。
罵声を上げ続ける店長に背中を向けて私はオフィス内にある給湯室へ走り、自分のマグカップを持ち店長の目の前でマグカップを床にたたきつけた。

店長の罵声が止んだ。

「ロッカーに荷物を取りに行って、そのまま帰ります。辞表の提出お願いします」

一礼してオフィスを出た。ロッカーに立ち寄るときつね③と同期ちゃんがいた。
いつもはいる時間ではないので多少驚いたが、私がロッカーの中の荷物をまとめていると「私たちを恨まないでね」と言われた。
「やりたくてやってたわけじゃないから」「先輩たちに言われて逆らえなかっただけだから」と二人は何も聞いていないのに教えてくれた。


ロッカーを出て階段を下りていると、同期くんがオフィスから走って出てきた。
今、褒゜めが会社を辞めるって店長から聞いたと駆け寄ってきた同期くんに「ごめんね」と伝えた。


俺も、何も力になれなくてごめん。

同期くんはなにも悪くないよ。


それだけ言葉を交わして私は会社を出た。


入社三か月目、私は会社を辞めた。

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