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PechaKucha from 3 Books という「遊び」 【Moebius Open Library Report Vol.3】

Explayground(エクスプレイグランド)は、「遊びから生まれる学び」を創造し、新しい公教育のモデルを形成するため、さまざまな参加者が自分の好きな課題を持ち込んで、主体的に活動するラボ活動を行っています。大学図書館員の私(ななたん)は、Möbius Open Library(メビウス・オープン・ライブラリー:略称MOL)という図書館と知の未来を考えるラボを立ち上げました。PechaKucha from 3 Booksという「遊び」を考案した経緯は前回レポートしましたので、今回はその実施レポートです。

企画の概要と狙い

PechaKucha from 3 Booksは、ランダムに選ばれだ3冊の本から、「新しい文脈」を創り出し、それをプレゼンテーションするという「遊び」です。3冊の本は大学図書館の膨大な本の中からくじ引きを引いて選びますので、微かな共通点を見出す力が求められます。また、プレゼンテーションも、PechaKucha Nightというイベントで用いられる20枚のスライドを1枚20秒で話すスタイルで行います。20枚にまとめる力、20秒でうまく話す力が試されます。インプットにもアウトプットにも制約条件が設けられた、知的な「遊び」です。
企画の狙いとして、重視していたのは、創ることによる学び(クリエイティブ・ラーニング)の実践となることでした。本を読んでまとめるだけではできない、無関係に見える本を繋いでストーリーを創るということに重きを置いています。PechaKucha形式という「型」を設けることによって、プレゼンテーション能力も磨くことができます。一方で、3冊の本としたことで、複数の文章を読み、そこで語られている内容の共通パターンを分析する「分析的読解力の育成」にもつながるのではないかと考えました。
MOLのコンセプトマップは、以前にも紹介したとおり、図書館の輪(収集→整理→保存→提供)と学びの輪(吸収→活用→創出→発信)を知が循環する様を描いています。PechaKucha from 3 booksは学びの「活用→創造→発信」の部分をカバーし、とくに「創造」重視した活動ということができます。図書館的な観点からは、読書指導のために伝統的に行われてきたブックトーク手法の変形版ともいえるため、循環する知の「提供」の力をつけるものと考えることもできます。

PechaKucha from 3 Books(前半)

さて、いよいよ、12月23日にオリエンテーションとクジ引きを行いました。企画概要のオリエンテーションもPechaKucha形式でのプレゼンの見本を見せることにしました。MOLの趣旨説明を私が、PechaKuchaの要領説明をケンケンが、そしてExplaygroundの概要説明をフジムーが、それぞれに20秒×20枚で行うのです。私はPechaKucha形式で話すのは初めてでしたが、20秒で足りなさそうなところを2枚同じスライドをいれて片側づつグレーアウトしたり、10秒程度で終わりそうなスライドでは間の取り方を考えたり、工夫して準備する過程自体が遊び心に満ちた学びです。本番で20秒×20枚のプレゼンがピタッとはまると、みんなで拍手喝采。とても爽快な気分を味わうことができました。
ともあれ、この日は、くじ引きがメインイベントです。クジは図書館職員のミカンが作ってくれました。なるべく違う分野の本が選ばれるように仕組まれたクジを引いて、書架から自分の三冊をとってきます。お互いの引き当てた本を眺めて、「うわー、これとこれかー!」「これはかなり難しんじゃない?」と盛り上がりました。実のところ、私自身は比較的近い分野の本をひいたのでシメシメと思っていたら、「新しい文脈だからね。予想通りな内容は要らないからね。」とツッコミが入って、かえって難しいかもしれないと思ったり。クジをひくという行為によって、「遊び」の要素が強まり、ワクワク・ドキドキ。こうして、6人はみな冬休みの宿題として、課題図書3冊を抱えて、お正月を過ごすことになりました。

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PechaKucha from 3 Books(後半:発表会)

さて、明けて2020年1月10日、いよいよ発表会です。自分の発表はうまくいくのか、それぞれにどんな文脈ができたのか、楽しみにしながら、5人が集まりました。発表順は阿弥陀くじで決めました。

トップバッターはミカンです。『小説とは何か?~芥川龍之介を読む~』『「昭和」写真家が捉えた時代の一瞬』『東京問題の経済学』から、「現代のウソとほんとを考えるための3冊」というブックトークを展開しました。小説はそもそもウソの世界のはずなのだが、芥川龍之介の作品には作者自身を主人公として自己の生活体験とその間の心境や感慨を吐露していく私小説が多い。逆に、写真はホントを切り取るメディアのはずだが、人間の記憶に近づけて加工された「写真」もあることから、ウソとホントの曖昧さをついてきます。そして、25年前の経済学が描いた未来予測は、現代から見るとウソであった部分やホントであった部分が見えてくるという話をしてくれました。

小説とは何か? : 芥川龍之介を読む / 小谷瑛輔著. -- 東京 : ひつじ書房 , 2017.12. -- (ひつじ研究叢書 ; 文学編 ; 第10巻).  -- ISBN 9784894768895 ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB25297567
「昭和」 : 写真家が捉えた時代の一瞬.
-- 東京 : クレヴィス , 2013.10. -- ISBN 9784904845325 ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB13864207
東京問題の経済学 / 八田達夫, 八代尚宏編. -- 東京 : 東京大学出版会 , 1995.2.  -- ISBN 4130401440 ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BN12027826

次はフジムーです。フジムーの3冊は『埴谷雄高は最後にこう語った』『ミュージアムスタディガイド』『実験の計画と解析』。3冊を読み終えた点で、あまりにかけ離れた内容に頭を抱えたフジムーは、何を思ったか、さらに、ユヴァル・ノア・ハラリ『21 Lessons』、オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』、伊藤計劃『<harmony/>』を読んだというのですから、さすがの読書家です。そして、それらに刺激を受け、埴谷雄高の「妄想の文学」という発想を広げて出てきた問いは「知とは何か?特に人間ならではの知とは?」という文脈でした。実験計画と解析はコンピュータが得意なのだけれども実は想定範囲を超える発想がありうること、博物館も今大きく変わりつつあることから、「無から妄想で生み出す、前提条件・想定範囲を超えて発想する、そして文脈を作り出し、ストーリーを作る」という結論に至ります。MOLのコンセプト「知の循環」を一緒に考えてきたフジムーらしいストーリー展開でした。

埴谷雄高は最後にこう語った / 埴谷雄高著 ; 松本健一聞き手 ; 光田烈編集人. -- 東京 : 毎日新聞社 , 1997.10. -- ISBN 4620311944 ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA33046496
博物館学を学ぶ人のためのミュージアムスタディガイド : 学習目標と学芸員試験問題 / 水嶋英治編著. -- 改訂増補版. -- 東京 : アム・プロモーション , 2004.11. -- (UM books = アム・ブックス). -- ISBN 4944163304 ;  http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA69982572
実験の計画と解析 / 鷲尾泰俊著.
-- 東京 : 岩波書店 , 1988.5. -- (シリーズ入門統計的方法 ; 4). -- ISBN 4000077643 ;  http://ci.nii.ac.jp/ncid/BN02231327

三番目はケンケンです。『アイヌ語は生きている』『男性養護教諭がいる学校』『旅の流儀』の3冊から、共通項としてマイノリティに着目し、閉塞感についての考察が展開します。アイヌという征服され支配され摩滅していく文化に未来が閉ざされた閉塞感への抵抗を読み取り、男性養護教諭という圧倒的な少数派の仕事からジェンダーバイアスによって開かれたことすらない扉を開こうとする主張に耳を傾け、そして、旅先での限定されたマイノリティ感覚から気づかぬうちに閉ざされた日常からの脱却と話が展開していきます。ふむふむ、なるほど、と聞いていたら、最後は一気に「制約のない社会をめざすHuman Autonomy」という文脈に持ち込まれ、ケンケンらしい展開だなぁと唸りました。

アイヌ語は生きている : ことばの魂の復権 / ポン・フチ著. -- 改訂版. -- 東京 : 新泉社 , 1987.3. -- ISBN 4787787063 ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BN01110724
男性養護教諭がいる学校 : ひらかれた保健室をめざして / 川又俊則, 市川恭平著.
-- 京都 : かもがわ出版 , 2016.8. -- ISBN 9784780308488 ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB21972690
旅の流儀 / 玉村豊男著. -- 東京 : 中央公論新社 , 2015.6. -- (中公新書 ; 2326). -- ISBN 9784121023261 ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB18904116

さて、いよいよ私(ななたん)の出番です。私の3冊は『応仁の乱』『萬葉集私注』『天皇(日本史小百科8)』。テーマ的には重なりやつながりがありそうではあるのですが、どれも研究史の厚い分野ですから、新しい文脈を語ろうとして珍説を展開するよりも、それぞれの本に出てくる史料に着目しました。応仁の乱は、興福寺大乗院門跡である経覚(1395-1473)の『経覚私要抄』と同じく尋尊(1430-1508)の『大乗院寺社雑事記』という2つの史料の存在によって、史実が明らかになっていきます。万葉集研究も、萬葉集という史料に注釈をつけることで発展してきていることを考えると、これらの史料の存在は「知の礎」といってよいでしょう。小百科という形式はまさしく資料集として「知の礎」の役割を果たしています。そしてこれらの3冊はこの本自体が次の研究の礎となっていく「知の礎」です。MOLの活動もメビウスの輪が幾重にもなって、「知の礎」となりたいという話をしました。

応仁の乱 : 戦国時代を生んだ大乱 / 呉座勇一著. -- 東京 : 中央公論新社 , 2016.10. -- (中公新書 ; 2401). -- ISBN 9784121024015 ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB22279536
萬葉集私注 / 土屋文明著.
-- 新訂版. -- 9巻 第18-20. -- 東京 : 筑摩書房 , 1976.3-1977.10. -- 10冊 ; 22cm. -- http://ci.nii.ac.jp/ncid/BN01959060
天皇 / 児玉幸多編
. -- 東京 : 近藤出版社 , 1978.11. -- (日本史小百科 ; 8).  -- http://ci.nii.ac.jp/ncid/BN01452499

トリは、元図書館長のおふじでした。『図説西洋建築の歴史』『おもろさうし研究』『作文指導のコツ2 中学年』を引き当てたのですが、「3冊の本のつながりを考えようとするうちに、まったく私的な読書論になってしまったという話」をしてくれました。おふじは大学教授です。自分の中に構築さされている西洋文化史の体系の上に位置付けることができた最初の本は面白かったそうですし、2番目の本も、ああ、なるほど、こうした研究もありうるなと思うことができたので、そこそこ面白いと感じられたといいます。このことから、研究者にとって面白いという感覚が何故もたらされるのか、そこには、体系化への執着があるのではないかと語ります。1冊の本を読むときも、常にその本を自分の中のどこに位置付けるかを考えていて、本の面白さとは、必要からする読書を除くと、読む人の意味の体系に乗るかどうかが問題なのではなかろうかという話をしてくれました。確かに、研究者でなくても、今の自分の関心に近い本は面白く読めるなぁと思いました。

図説西洋建築の歴史 : 美と空間の系譜 / 佐藤達生著. -- 増補新装版. -- 東京 : 河出書房新社 , 2014.8. -- (ふくろうの本). -- ISBN 9784309762203 ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB16439241
おもろさうし研究 / 島村幸一著.
-- 東京 : 角川文化振興財団 ; 東京 : KADOKAWA (発売) , 2017.3. -- (立正大学文学部学術叢書 ; 03). -- ISBN 9784048764315 ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB2354463
作文指導のコツ / 田中定幸著.
-- 2: 中学年. -- 東京 : 子どもの未来社 , 2010. --  ISBN 9784901330794 ; http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB02409446

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さて、それぞれの発表が終わった後に、振り返りを行いました。無関係な3つのコンテンツの共通点を見出すために、自らの内にある知識と経験を総動員してアイデアを捻り出していくこのイベントは「知的な遊び」の要素が強く、それぞれに、自分の好きなこと、得意分野に持ち込む傾向があることがわかりました。プレゼンターの人となりが良く出るので、発表しあうことによって相互の理解が深まっていくこと、また、自分の思考も深まっていくところがこの企画の良さなのかもしれません。3冊の本は、くじを引かなければ、おそらくけっして手に取ることのなかったであろう本であり、読書の幅を広げる良い機会になったという感想も聞かれました。一方では、じっくり読まなくても「文脈」を創れてしまうので、読書促進という観点からみれば効果は薄いかもしれない。それでも、「遊び」としてはオモシロイのではないかということを確認し、もう一回やってみようということになりました。2回目でも、それぞれがまた同じ文脈にたどり着いてしまうのか、別の新たな文脈が作り出されるのかをやってみたくなったのです。
というわけで、このイベントはさらに続きがあります。小さなプロトタイピングを繰り返しながら未知なる何かを創り出す手法には、着地点の見えない苦しさと未来に向かうワクワク感を伴います。このイベントがどのように展開していくのか、その様子は次回レポートします。(文責:ななたん)

【これまでのMOL Report】
No.1 Explaygroundと図書館の出会い
No.2 PechaKucha from 3 Booksに至る道のり

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