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伊丹十三とVシネマ

 伊丹十三は映画監督になると同時に、俳優業をピタリと止めてしまったが、最初からそう志向していたわけではない。実際、長編監督デビュー作『お葬式』では、江戸家猫八が演じた葬儀屋の役で出演することも検討したというが、キャスティングが決まってみると、自分が出る役がなくなっていたことから、監督へ徹することになった。
 その後、特報を除けば、伊丹が自作に登場することはなかったが、関連作では、怪演を見せている。有名なところでは、伊丹が製作総指揮に立ち、黒沢清が監督した『スウィートホーム』に謎の老人役で登場している。
 あまり知られていないが、Vシネマ『白百合女学園洋弓部 白銀の標的』にも特別出演しており、監督時代の〈俳優・伊丹十三〉を観ることができる貴重な1本になっている。

 本作は、東宝が1991年に立ち上げたオリジナルビデオ・レーベル「東宝シネパック」で製作されたVシネマ。監督の久保田延廣は伊丹映画の助監督を務めてきた経歴を持ち、本作の企画も伊丹映画のプロデューサー・細越省吾が担当。脚本も伊丹のアシスタントを務めてきた吉川次郎が書いていることから、伊丹映画のスタッフの手で作られたVシネマと言って良い。

 冬季合宿に北海道にやって来た白百合女学園アーチェリー部員たち。一方、道内では強盗犯3人組が現金1億5千万円を奪取して逃走する事件が発生。逃走犯の1人は顔が報道されているという理由で仲間に粛清され、残りの2人は、女子部員たちが泊まるコテージに車が故障したと称して侵入を図る。やがて2人組が強盗犯と発覚し、引率の女教師が拉致される。部員たちは教師を奪還すべくアーチェリーを手にスノーモービルに乗って後を追う。
 当時の東宝映画のヒット作、『私をスキーに連れてって』『大誘拐 RAINBOW KIDS』といった雰囲気のもので、黒澤明が脚本を書いた『銀嶺の果て』のプロット(3人の銀行強盗が北アルプスの山中に逃げ込み、1人が死亡。2人が平穏な暮らしを送る山小屋に逃げこむ)からの影響も感じさせる。
 久保田監督は『私をスキーに連れてって』のチーフ助監督を務めた実績もあり、雪の中の撮影やアクションもなれているようで、女子学生たちと強盗たちの対比も鮮やかにテンポも良く見せてくれる。

 伊丹が登場するのは、高級クラブで鶴見辰吾と共に店のママたちと戯れるシーン。ここで遊んでいたせいで、鶴見は恋人の引率教師の拉致を知るのが遅れてしまう。
 伊丹は特別出演するにあたって、このシーンの脚本を書きたいと言い出したという。モミアゲをつけたバタ臭い風貌で怪演する伊丹が、レモンを体に挟んで手を使わずにホステスたちとリレーするという、『シャレード』の有名なシーンのイタダキをやってのけるわけだが、伊丹がやると、なんともしつこく、いやらしくなってしまう。まさに伊丹映画そのものであり、伊丹映画が突然挿入されたような、凄まじい異物感を発生させてしまったのは、ご愛嬌というべきか。    
 ところで、この違和感がすごいモミアゲだが、俳優時代末期の伊丹は、特殊メイクというのはオーバーにしても、カツラや、もみあげなどを用いて外見を変貌させて演じることが多かった。その嗜好は監督になってからも変わらず、伊丹映画に、そばかす、付け髭、アザ、つけ耳、コブなどを付けた俳優が登場することが多かったのも、伊丹の嗜好を反映したものだ。

 なお、同じく伊丹映画の助監督から監督になった当摩寿史の『C(コンビニエンス)・ジャック』にも伊丹は特別出演したが、社員教育のためにお辞儀の角度を巨大な分度器を使ってレッスンするという、いかにも伊丹映画に登場しそうなキャラを前後のつながりを無視して怪演していたことも付け加えておこう。
 もう伊丹十三の新作を観ることはできないが、明らかに伊丹演出が加わった関連作品を見つけ出してみると、意外な発見があるかもしれない。



初出『別冊映画秘宝90年代狂い咲きVシネマ地獄』を加筆修正

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映画監督伊丹十三とは何者だったのか? 伊丹十三と伊丹映画を、13本の記事と4本のコラムをもとに再発見する特集です。

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