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モロトフのゲーム遍歴

はじめに

モロトフ(@Molotov)のゲーム遍歴を語る上で、父の存在がとても大きい。モロトフの父親は、おそらく当時の日本では珍しい「パソコンゲーマー」でした。今回は、そんな初代パソコンゲーマーである父と、その息子(モロトフ少年)が愛して止まなかった数々のゲームとの出会いを、ご紹介します。きっとYouTuberモロトフのルーツが垣間見えると思います。


親愛なる父へ:
ゲームを通じて、その世界の楽しさだけでなく、奥深さと多様性を教えてくれて、ありがとう。

モロトフとゲームの出会い

モロトフが初めてビデオゲームに触れたのは、大手企業に勤める父が同僚に借りたという米国アタリ社が開発したコンソール(家庭用ゲーム機)「Atari VCS」だったと記憶します。

そして、モロトフ少年の人生初のビデオゲーム体験は、記憶に薄いながらもAtari VCSでプレイした「ピンポンゲーム」だったと思います。

しかし、今でもはっきり覚えているのは、ゲームをプレイする私の隣に座る得意げそうな笑みを浮かべる若かりし父の顔です。この出来事が始まりとなり、父とモロトフのゲームという名の大海原の航海が始まったのです。

ファミコンとの出会い

「Atari VCS」は、すぐに父の同僚へ返却されました。今思えば、その返却という出来事がモロトフ少年にとって、ショックであったという記憶はないので、おそらくゲームプレイ自体は、それほど面白くなかったのかもしれません。

しかし、初めてのビデオゲーム体験から間もない1983年に発売されたファミコン(ファミリーコンピュータ)にモロトフ少年は衝撃を受け、あっという間に、その虜になりました。当時は、そんな少年が全国に溢れ、ファミコンは一大ブームを巻き起こしました。

父は、発売日にファミコンを購入しました。一緒に買ったゲームは、ドンキーコングとポパイでした。全くゲームに興味がない母でさえ、体を左右に振りながらドンキーコングをプレイしていた記憶があります。因みにモロトフ少年が人生で初めてプレイした格闘ゲームは、なかなかカウンターパンチが決められない「アーバンチャンピオン」でした。以後数年間は、モロトフ少年も普通の少年と同じく友達と様々なファミコンゲームを遊ぶ日々を過ごしました。

パソコンゲーマ―になった父親

ビデオゲームは、ファミコンでプレイするものと信じて疑わなかったモロトフ少年の隣で新たなゲームライフを開拓したのは、やはり父でした。

1987年の春から仕事帰りの父は、塾終わりのモロトフ少年と共に、寄り道がてら地元の大手家電量販店の4Fのパソコン売り場に足しげく通う日々が続くのです。

モロトフ少年は、多くのパソコンが展示されているフロアの独特の匂いの中、デモで遊べる「スーペースハリアー」を楽しんでいました。

そして、父が悩んだ末、人生で初めて購入したのがシャープ製PC「X68000」でした。それは、当時37万円という高価な買い物でした。そして、このパソコンを通じてモロトフ少年と父は、海外のパソコンゲームという深い海へ船を進めることになります。

ゲームの奥深さを知ったダンジョン探索RPG

いつも通り夕食を済ませた父が、自分の部屋にあるパソコンを起動します。その隣には1冊の分厚い取扱説明書を持ったモロトフ少年がいます。その説明書は、辞書の様にアルファベット順にページが並び、更にその後ろに記号が並んでいます。そのゲームのタイトルは「Rouge(ローグ)」です。ローグは、ダンジョン探索型の最初期のコンピュータRPGでした。

(執筆中 -つづく-)

2016年10月より海外インディーPCゲームに特化した紹介動画をYoutubeであげています。このnoteでも情報発信を2019年1月より始めました。