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ゆっくり科学していってね!!!

Open and Reproducible Science Advent Calendar 2020の21日目の記事です。

ちょうど去年の今くらいにパブリシオされて,今年はこの話でいっちょ盛り上がるのかな?と思った矢先にコロナってしまってそのままなんとなーく忘れられていった話があります。

Frith, U. (2020). Fast Lane to Slow Science. Trends in Cognitive Sciences, 24(1), 1–2.

ここで主張されていることを極限までかいつまむと,科学を低速化しよう!ということです。

かいつまみすぎたのでもうちょい具体的に書きます。年々,学術論文の出版数が爆発的に増大し,科学の高速化が起きています。もう多くの方が,自分の専門トピックの最新研究を追うので一杯一杯(アップアップ)な状況じゃないですか?これってやばいんじゃないでしょうか。
高速科学は我々の勉強が追いつかないこと以外にも以下のような問題を生じそうです。
・Publish or Perishのプレッシャーを研究者に与え,それに耐えられる者のみしか残れない世界ができてしまう。当然,多様性も失われる。
・あわてんぼうの拙速論文ばかり出て来て研究の信頼性・再現性を損なう。
・短期で成果の出そうな近視眼的かつ特定トピックの研究ばかりになる。

実際,コロナ禍では大量のコロナ研究が出てきました。「論文バブル」とか「covidization」とか言われてましたね。心理学でも同様の傾向があると考えられます。例えばPsyArXivの今年のアップロード数は異常な伸びを示しております(2018年:約2400本,2019年:約3600本,2020年:約6000本)。総数が13000本程度なので,そのほぼ半分が今年出たことになります。タイトルやアブストに"COVID"を含む論文は執筆時点で約860本あり,明示されてはいないもののコロナから派生した論文まで含めると「コロナ系」論文はさらに無数にあると思料されます。撤回された論文(心理学に限らず)も多く,現時点で40本+αとまだまだ増えそうです。

おいおいコロナ系出しまくってる上に特集号やってるお前もその加担者だろがい,と言われそうですが,実は上記のような心理学加速の議論が投稿されるのもずっと心待ちにしてたんです。いや,まだ締切前!まだ遅くないよ!(注:もう受付終了しました)

話が少し脱線しましたが,じゃあ低速化するにはどうすればいいんでしょうか?一つは研究者側的には,勉強しようぜ!ってことでしょうか。まっ,とりあえず読もうぜ!って提案してる人もいます(いやこんな馬鹿風な感じではなく具体的に理論をやるにはどうするか色々提案してくれてますw)。その論文へのコメンタリとともに,この話は実はけっこう深められます。まあ石臼も「勉強せぇ。勉強せぇ。つらいことでも我慢して……」と歌うわけで,頑張ったらいいんでしょうね。きばいやんせですよ。がまだせですよ。

ただそれだけでは絶対に解決しないと思われるので,この点についてFrithの提案を見てみましょう。以下のようなことを言ってます。
・長期の視野を持つ研究に対する安定的な研究費を提供。
・教育大事。シニアは我が身を良きモデルとして見せよ。
・むずいけど質を評価せよ。そこに心理学の知見使っては。
・オープンサイエンス,敵対的コラボレーションや「査読者2」とかによるガラッと異なる視点からのレビュー,コントリビューターシップ等。
・年間1本に出版を制限。グラントにもキャップ制を。

全体的に大賛成です。しかしFrith本人が認めるように,最後の出版制限はかなり大胆な提案だと思います。まあ一番の問題は「誰が制限すんの?」ですけどそれは置いとくとして,実際に制限した場合にどうなるかを想像してみました。

1.選択的報告やfile drawer problemがえぐいことになる
年間1本しか出せないってなったら,絶対その1本はえげつないやつを出しましょうかなって思いますよね。てことは,最もポジティブでクリーンでセクシーなチャンピオンデータしか出さなくなりますよね。これは凄まじい出版バイアスに繋がります。でさらに,場合によってはそのためにpハッキングやら捏造やらまでやる動機を生んでしまいそうです。QRPsの温床となることはほぼ間違いないと思われます。

2.追試を誰もやらなくなる
なんだかんだでやっぱり追試研究の評価が低い今日このごろ。年間1本の貴重な枠をそれに使う人はいないと思います。再現性問題がまだ片付いていないこの状況で追試が出なくなると,ある先行研究の結果が再現できるかどうかすら分からなくなってしまってえらいことになります。コメンタリーなども評価が低く,その出版も抑制されるでしょうから誌上批判が大幅に減少するでしょう。1の問題と合わせて,QRPパラダイスが野放しのままとなってしまいます。

3.共同研究が消滅する
これは"restrict the number of papers anyone can publish per year"の対象が筆頭著者のみではない場合に問題になります。つまり共著論文まで制限枠に入れられてしまうと,その年には筆頭論文を出せなくなってしまいます。で,筆頭著者じゃない業績の評価が異常に低い今日このごろ。筆頭で出せないなら即perishです。そうならないために,誰の研究にも参加しないのが生存戦略として当然選択されます。つまり共同研究をすると大損こいてしまうという状況が発生します。Frith自身が推奨していたコントリビューターシップの流れと完全に逆行することになります。

では筆頭著者のみを対象としていたらOKでしょうか?今度はおそらくギフトオーサーシップが横行することになると思われます。共著ならいくら出してもいいということになれば,いろんな人に(貢献度に関係なく)ファーストをやらせて自分はそのたびに共著者として入ることで結果的に多産するという戦略が普通に取られます。ラボがデカければデカいほどこれが可能になりますので,いつものことながらマタイ効果が最高潮に達するわけです。

なので,単に出せる本数を制限するというのは無いなあと思っています。少なくとも他に何も手を講じずにこれだけを実施するのは科学的に有害であると断言できます。最後にFrithも述べているように,高速・低速マルチレーン上を研究者が好きなときに好きなやり方でリスクなく選べるのが今のところ一番良いのではないかと思います。そして特に,低速科学を選択した場合に従来式のPublish or Perishで死んでしまわないような保障を構造的に確保することを目指すのが良いのではないでしょうか。例えばこれ補足)とかの流れを適正に推し進めて欲しいところですね(心理学は対象から外されそうな嫌〜な予感もしてますけど)。いやあぼく研でも触れましたが,こんな風に未来のことを考えるのはとても刺激的ですね。

(ところで共著者のみなさん,この話,完全にfile drawerの最深層に封印されまくってますけどとりあえずどっか出しちゃいます?)

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