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切り裂いて【Mommy】

ドランさん作品の中でもかなり好き。

77分から、束の間広がる視界。
自転車をこぎながら、力むほど笑うカイラになんだか泣けてしまう。そういう時間を抱きながら、選択したよねカイラも。都度都度していく選択が間違っているか正しいかというのは大して問題じゃないんでない?それよりも、振り返って、『あの日選択をしたときの、忘れられないシーン』というものが刻まれている人は強く、そしてなんとか生きていける気がする。カイラみたいにね。

どうしてもうまくハマれないスティーヴと、何とも不器用なお母さんのやり取りが辛くて見てられないシーンがある。ここまで深く入り組み合う親子。体の中に入るほど愛してるけど、その中でひっかき回してるイメージ。子供ができたらより共感できるのだろうか、、

スティーヴの無垢でかわいい表情とは裏腹に、とげとげの現実が瞬間を裂いてくる。
極端にしか表現できないスティーヴ。
ドランお得意のカナディアンフレンチでの感情爆発シーンも多々。
お涙頂戴だけでは終われないのが家族。戻るシーンは、もう、ママも何が何だかわからなくなって限界値を超えている。
カイラとのお別れのあと、ダイアンが食いしばりながら涙堪えたの痺れた。諸々と、強い女ですよ。

『まだ僕たち愛し合ってるよね?』
『私たちにはそれしかないでしょ。』
親子の枠だけには収まりきらない激しい愛。わたしに子供がいないから枠におさまらないとか思うのかな。。そもそも説明できないものこそが愛なのかね。
家族とか恋人とか友達とかにおいて、(カイラと2人の関係性もそう)特殊というか一種異常な深さをもつ場合の関係をつなぐものってなんなんだろうか

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