幸福の続き

こちら、はなまるさんの「幸福の誕生日会」の続きになります。
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「つかまえた!」
台車を足場に跳び、天井の大きなシャンデリアを経由してから階段の手すりに跳び降りる。そこから跳躍一回転をしてイザベラの前に降り立った。
突如進行方向を塞がれたイザベラは階段を降りようとしたが、それをイネスはガッシリと抱きしめて止める。
「医療機器を持って崖上から谷底まで駆け回る腕力と脚力を舐めたらいけないわね」
幼い頃から鍛え上げてきたアクロバットだけは誰よりも自信がある。戦闘力が高いわけではないイネスだが、身軽さだけは大抵の隊員には負けない。だから家の中で逃げるイザベラごときなど簡単に捕まえられるのだ。

 捕まってしまったーという情けない顔を見ているともう笑ってしまいそうなのだが、そこは気を張って怒り顔を作りながら言う。
「お金を借りていないのは偉いわ。でも食事は抜かない!特にあなたは怪我が多いんだから、栄養が偏ると治りが悪くなるでしょ」
「でも、お姉ちゃんにプレゼント買うのに、お姉ちゃんからお金借りるわけにはいかないじゃんよー」
手を引かれてしょげしょげと階段を降りながらイザベラが言っている。
「あげたいと思ってくれる気持ちが一番嬉しいんだから。プレゼントなんて、肩叩き券でもお手伝い券でも、なんでも良いのよ」
最初にいたところに戻ると、潰れケーキを突つきながら2人の攻防戦を見守っていたアイリスにも言った。
「休憩スペースはありがたいわ。でも1人で使うのは申し訳ないから、アイリスもイザベラも使ってね」
使える建物が1つ増えるのは正直助かる。六番隊にもよくいるユオを始めとする、零番隊の皆の休憩場所にできそうだ。
「さて、イザベラ」
説教はもう終わったと油断し、すっかりくつろいでいるイザベラをキッと振り返ると、飲みかけた紅茶でゲホゲホむせている。
「あなたは今日からしばらくは私の家に来るのよ。いいわね」
「えー。勘弁してよお」
落胆を絵に描いたような顔を見てまた笑いそうになったイネスだが、何とかグッと堪える。厳しい顔でアイリスの家から出たものの、寺子屋方面に数メートル行ったところで我慢できなくなり、声をあげて笑ってしまった。
イザベラには心配させられることも多いが、憎めない愛らしい妹なのだ。

 どこからともなくラベンダーの香りが漂って来た。
「いらっしゃい。来たんですね。そうよね、イネスちゃんの誕生日は明日だもの」
サクラは寺子屋の教卓で学級日誌をチェックしながら話す。
「私、昨日大きなケーキを焼いたんです。でも1つは躓いて潰しちゃって。せっかく焼き直したのに、焼き直した方だけじゃなくて潰れた方もなくなってるんですよ。あれは絶対に持って行かれたわ」
しばらくは無言で日誌にコメントを書いていたが、手が止まった瞬間にクスリと笑う。
「やっぱりどの学年でも、しっかりした子もいればケンカっ早い子もいて。面白い子もいればおとなしい子もいるものですね」
前に数ページめくり戻り、言った。
「ほら。この子はすごく真面目だからビッチリ書いてるけど、この子なんかスカスカ。で、ここで字が違うから、他の子が書き足してくれてるのね。雨だったのに晴れって書いてるし」
どのページも愛しそうに、順番に眺めてゆく。
一通り読み終わると丁寧にページを閉じ、赤ペンのキャップを閉めてから教室の壁の掲示物をグルリと見回した。
「私も、昔より良く生徒たちの絵を見るようになったんです。人の絵が小さかったら誰かとケンカしてるのかしらとか、色合いが暗いと元気がないのねとか。その内、もっと細かいことがわかるようになりますか?」
なんて、勉強しないと無理よねえ。
サクラが呟いて1人笑った時、ラベンダーの香りが不意に消えた。
その方向を振り向いたのと同時に、寺子屋入り口からイネスの声が響く。
「サクラ先生いますかー?」
なるほどと納得し、いつもと同じように、教卓隅に学級日誌をセットする。
「いるわよー」
答えてから、席を立った。
 本当に、あなたはいつまでも隠すんですね。
心で言ってちょっと微笑むと、教室の全体にザッと目を走らせる。
誰もいないことを確かめてからドアをきちんと閉め、サクラは寺子屋の入り口へ向かった。


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