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ヴァサラ幕間記2

ハヅキお姉さんとラショウ君②

 遠目に見ていて視線に気づかれ、逃げられてばかりいるのも能がない。
紙とテープでなんとなく塞がれた窓ガラスから隙間風が吹く中、ハヅキは勉強し始めた。
「野良猫への近づき方」
これだ。

・そっと少しずつ近づく
・半径2メートル以内には絶対に入らない
・最後の2メートルは近づいてくるのを待つ
・大きな音をたてない

 “任務に派遣される。“
その情報が流れた時、ハヅキは満を持して作戦を決行した。行動を起こす時間も場所も見当をつけている。それは、集合場所への最後の通過点。
建物を背にさせ、行く道を塞げば…
そして誠意を込めて語りかければ、話を聞いてくれるはず。

 狙った時間、狙った通りの場所に、ラショウはやって来た。が、ハヅキを見ると警戒して立ち止まる。計画通りだ。
ここで、そっと少しずつ近づくを開始。
ジリジリと近づくハヅキ、ジリジリと建物方面へ後退するラショウ。
もちろん2メートルの距離はとっている。
なんなら宿敵くらいには睨みつけられている気がするが、気迫では負けられない。髪紐を見せようと白衣のポケットに手を入れると、カサーベルに手をかけられた。ちょっとひどいと思ったが動揺せず片手で制すると、ゆっくり紐を見せてゆく。驚かせてはいけない。
つまみ上げた紐を自分の顔の前に見せながら、ハヅキはできるだけ穏やかな声で言った。
「何もしないから。ほら、これ。君、髪邪魔だろうから括ればいいと思って」
大きな音をたてないを、しっかり実践している形だ。

 ハヅキの言葉を聞くとラショウは武器にかけた手を下ろし、自分の髪を掴んで少し眺めた。それから片手でカサーベルを抜く。
 え?
と思っているうちに、その髪がバッサリと切り落とされた。
目の前の、肩ほどのザンバラ髪の相手を、呆気に取られてハヅキは見る。
 え?
その隙にラショウは壁を蹴り、ハヅキの頭上で一回転すると背後に着地し、集合場所へ駆け去った。
目の前に残るはもつれた絹糸にも見える髪の束。振り返るも、遠く隊員達の中に紛れて姿も探せない。

 我に返って毛髪だけは研究用に持ち帰ったが、ハヅキは獲物に目の前で逃げられたような悔しさを拭えない。その悔しさの全てを新薬開発に注いだ結果、ラショウから採取したサンプルを参考に、一瞬で傷が治るという超回復薬を爆速で完成させたのだった。

 ちなみに、数日後に遠目にラショウを見た時に既に髪は元の長さに戻っており、
 ああ、そういう仕様なのね。
とハヅキが納得したというのは余談である。

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