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スピンオフ3

 満月に振られた日、千聖は考えた。
 さすがの僕でも、明日の朝からいつもと同じ顔では満月と会えないよ。
 そして長いこと延び延びにしていた、心臓に入っている機械の交換および色々な検査をするための入院をすることにした。
 入院自体は2〜3日だがその前後大学は休むので、週末を入れて大体一週間。その間に気持ちの整理もできるはずだと思ったのだ。
「カッとなると他のこと考えられなくなるのは僕の悪い癖だな」
今となって、満月の気持ちで振られたんじゃない事は良かったかもしれないと思っている。よく考えれば、嫌いと言われたわけじゃないのだ。なら何回も告白すれば、どこかで付き合ってくれるかもしれないではないか。満月以外考えられないなら人生の時間の全部を満月に使ってもいいのだから、嫌いと言われるまで100回でも1000回でも、10000回だって告白できる。
でも嫌われないようにするには、今までと同じように接することができなければならない。千聖の気持の整理の方向性は、そう言うことだ。
「最後に付き合うのが僕だったらいいだけのことだから!」
ふんすと気合いを入れ、張り切って入院した。

 のだが、入院という手は本当に正しかったのかなと、今千聖は思っている。
ここは子どもの頃に入院していた病院と同じなのだ。小児外科が内科循環器科になっただけで建物は同じである。いつも満月を待っていたベンチも、地縛霊を確かめに行った病棟も、全部そのまま変わらない。因みにベンチのところにいた子どもの霊はとっくに成仏した。
「あぁあー。辛いよー」
なのについ慣れたベンチのところに行ってしまい、そこに来ていた黒猫に話しかけた。
「君、大学に来てくれる子にそっくりだね。というかまるで同じに見えるんだけど…兄弟かな?」
一日中つけるタイプの検査用の機械をつけて過ごしているので抱き上げることはできないのだが、ちょうど先がフサフサになっている草があったので、それを使って遊ぶことにした。
「ひと月一回の検査の時はいつも満月がついて来てくれてね。終わったら病院の購買でアイス買ってくれて、一緒に食べるんだよ。小さい時なんか、自分のお小遣いから出してくれてね。その時は1つを半分こしてたんだけど、今は1つずつ。…でも、これからはそんなこともできないかもしれないな」
 満月はカッコ良いから、これから誰かと付き合うこともあるだろう。その時にはちゃんと笑って祝福できないといけないし、何でも1人でしなければいけない。なら自立しなければと思い、今回は満月には言わずに入院したのだ。
「いつもだったら満月が毎日来てくれてたのに…」
草にもぶれついて遊ぶ黒猫を見ながら、つい呟いてしまった。
「淋しいなあ…。満月に会いたい…」

 告白の時、まずは千聖が本気で怒っているのがショックすぎて思考が止まってしまった。美華に声をかけられる少し前に千聖の言葉を思いだすくらいには頭が動きだし、言葉的に自分が振ったことになってるらしいと気づいたが、何でなのか全然分からなかった。そして夜中。やっと言った事と心の声とが反対になっていたことに気づき、部屋を悶え転がりまくって美華からうるさいと壁を叩かれた。
 いるかもというわずかな期待を込めて、朝いつも待ち合わせるくらいの時間に窓から確認したが千聖はいなかった。そこで全ての気力が萎え、全然寝てなかったのもあって夕方まで寝た。大学など行きたくもなかったが、もうすぐライブがあるので重い体を引きずり渋々部活に行き、その通りすがりに生物学部の中庭を覗いていたのだった。
 とにかくこの誤解を何とかしなければという思いと、でも無視でもされようもんなら生きていけないという思いがせめぎ合い、遠巻きに中庭を眺めることになったのだが、結果的に完璧に満月に嫌われている可能性が高くなり、正直、大学もライブももうどうでも良い。大体、千聖がいないライブなんかする意味がない。

 今日は大学も部活も休んで部屋の片隅でどうでも良い動画を見ながら茫然自失していると、巫女姿の美華が乱暴にドアを開けて入ってきた。
「ちょっと満月!ちーちゃん入院してるみたいじゃないの!あんた何ここでダラダラしてんの⁈今、神社前で病院に行くサンドラさんに会って、お見舞いありがとうって満月に伝えてくれとか言われて、どんな顔していいかわかんなかったわよ!」
 十分聞こえる音量だったが、満月はイヤホンを外して聞き直した。
「え⁈ 千聖入院してんの⁈…全然知らねー…いや、それより何でだよ!具合悪くなったのか⁈」
言って、自分が振ったことになったからかという思いがちらりと過った。
 今すぐ電話して全部話したい。でも、嫌われてたり自分のせいだったりしたのなら接触しない方が良いんじゃないか。
「あんた達、付き合ってるんじゃないの?」
ため息をついた美華は続けた
「とにかく。ちーちゃんはあんたが見舞いに来てるように言ってるみたいだったから、来て欲しいんだと思うし。今日はサンドラさんがいるから、明日にでも行ってみたら?」


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