見出し画像

第三十一話

 花火を全部見ていると飲む時間が短くなるので、弥幸と星陽は三分の二ほど終わったところで花火会場を後にした。このくらいの時間に帰る人たちもチラホラいるようで、少し人の流れができている。
 花火大会に伴う交通規制もあり、タクシーを呼んで待っている時間歩けばホテルに着きそうだった。ということで、2人は歩きでホテルに向かっている。弥幸は来る時も歩いて来たので道はよく把握できていた。
 ホテルに付属する日本庭園を抜け客用裏口から入ると、人の入りが悪いと言いながらも浴衣の客が割といた。おそらくこの時間からだと最も混みそうなカフェバーの予約をしておいたのは正解だ。

 金の手すりがある大理石の階段を数段上がると、赤い絨毯が敷き詰めてある間接照明の店内になる。奥一面に広いガラス窓があり、ドンという音と共に花火が上がるのが良く見えた。そろそろ終わりも近いので、花火の上がり方が頻繁で花火自体も派手だ。
 案内された予約席は花火がよく見える窓際の席だった。港の人混みと海、その向こうにある建物までが見渡せる。
 こんなところに来るのが初めてで戸惑い気味の星陽だったが、ピンクのハート型の花火が上がるのに歓声を上げる。
「弥幸、見たか⁈綺麗にハート型だったぞ!」
それに対する返事は、メニューを持ってきた店員から返ってきた。
「あれがウチで出してる花火だよ。ホテルの方で、感謝したいとか結婚の申し込みしたいとかいう人を募集してて。その中から抽選で当たった人のコメントが、花火上がると同時に放送されんの」
「あれ、愛和。お前、鉄板焼き屋じゃなかったか?」
弥幸の言葉に、水とお手拭きを出しながら愛和が答える。
「俺のお得意さんがちょっとトラブル起こしちゃって。大手の社長だったんだけど、SNSで大炎上してから芋蔓式に色々バレたみたいで、裁判沙汰にもなっててさ。店にも俺宛に電話とか来たから、落ち着くまでここに回されてるんだよ」
普通は裏にいるらしいのだが、弥幸が予約をしていたので接客に出たようだ。
通り一遍に花火写真を確認すると
「どうせ酒作るの俺だし。ここに出てないものでも材料あれば作れるよ」
星陽は先日の飲み会で好きになったらしいエメラルドスプリッツァーを頼む。弥幸は久しぶりにモヒートを頼んでみた。
「愛和何でもできるんだな」
星陽が感心して言っている。
「ここは元々、ずっとバイトで入ってたからね。逆に古巣って感じ。まあ、就職したら和洋中全部行かされるから、一応一通りはできるよ」
 中でも個室鉄板焼き屋は、1人で料理を作りつつ接客もしなければならない。一流ホテルの中で一番の高級店となると、政治家や国賓など客のレベルも高い。そこのシェフに選ばれているということは、愛和はこう見えて料理エリートではあるのだ。
「…あ、空知も来たぞ。あいつイベント写真撮って回ってんだよ。浴衣着てるし、いい席とっといてやったし?写真でも撮ってもらえば」
愛和が手を振ると、入り口にいた空知も気付く。仕事用写真を何枚か撮り終わると席までやって来た。

 「愛和、大変そうだな」
 あいつのことだから、どうせ体の関係もあった相手なんだろうなと思いながら、弥幸は空知に言う。
 星陽は携帯を鬼のように繰り、
「あった、これ!大学で悠先生と見てたんだよ」
と、出てきた記事を弥幸と空知に見せた。
「あー、この記事ね」
と画面を見る空知がちょっと悪い笑顔をしている。
これかー、と星陽が記事を熱心に再読しているので、弥幸はこそっと空知に聞いてみた。
「…この記事に一枚噛んでるだろ」
だとすれば、記事ではなく写真なのはもう分かり切っている。
「どうでしょうねえ」
と言う表情がもう、空知が仕掛けたと言っているようなものだ。
「まあね。あいつ、ああいうヤツなんで。俺が陰となり日向となり、守ってやんなきゃなんないとこもあるでしょ?」
言って空知はニヤッと笑った。
「お前、カッコいいなあ」
弥幸が思わずこぼした言葉に、
「ありがとうございます」
今度は屈託のない笑顔で笑うと、星陽に声をかけた。
「そろそろ花火終わるぞ。一番派手な花火と写真撮ってやるよ」
「うっわ、マジ?つい携帯集中して読んじまったよ」
ちょうど愛和が酒と最初の料理を運んで来た。メニュー写真より明らかに料理の量が多い。
「適当に撮るから普通に食べてて」
言うと、空知はカメラを構えた。

 写真を撮り終わった空知が愛和とちょっと話してから出てゆくのを見送りながら、弥幸は誰に聞かせるともなく言った。
「あいつ、いい男だよなあ」
瞬間、机を越えて伸ばされてきた星陽の両手に、頬を挟まれ正面を向かせられる。
「俺は?」
自分は叶芽に散々興奮するくせに、このくらいのことでむくれている。
「バカだなあ」
弥幸は星陽に微笑みかけた。そのままキスをしたかったが、さすがに人目が気になる。   

 代わりに自分の人差し指にキスをするとそれを星陽の唇にそっと当て、間接キスで我慢したのだった。


all episode

第三十二話〜弥幸✖️星陽

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?