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昭和の終わりの頃の話(Chris De Burgh - Lady In Redの対訳記事を添えて)

1988年になったばかりの冬、おいらは大学4年で、免許をとろうと教習所へ通っていた。就職するし、仕事が始まればそんな時間もなくなるだろうということで。そう、もう学生ではなくなるから、という気持ちが日々高まっていた、そんな感じで過ごしていたのだ。
付き合っていた彼女がいて、4月からはどうしようか?とも真剣に考えていた。昭和末期の大学生に遠距離恋愛という概念はまだなかった。離れて暮らすなら、それは別れを意味するという時代だった。携帯?そんなものはまだないし、そもそもネットもなかったのだ。黒電話だけで一体何ができる?文通?いやいや・・・。
彼女は青森で教員になる、おいらは東京の会社に就職する、まぁ出てくる答えはそれで決まっていたのだ。

それでも、もし続けようという気持ちがあるなら、その時は覚悟を決めようと考えていた。

だから、夜の弘前に彼女を呼び出し、酒を飲み、食事をしながら色々さぐりを入れてみた。彼女はいつもの通り単なる酔っ払いになり、おいらが投げる球をひょいひょいと避けるようにジョッキを煽っていた。
そのままでは酒豪の彼女が相手だ、埒が開かないと思い、帰ろうと声をかけると彼女は踊りたいという。それで久しぶりにディスコへ行くことにした。
80年代末期の田舎のディスコは、場末感が半端なかった。70年代風のミラーボールに、ブラックライトでグラスが怪しく光る、そういう雰囲気だった。後にクラブとなっていく、その走りがあれだったと言うならそうなのかもしれない。
かかっていたのはテクノ系と言えばいいのか、マイケル・フォーチュナティの「Give me up」あたりが主で、おいらの好きなソウルファンク系は影を潜めていた。まぁ、東京ではマハラジャがとんでもないブームになっていたのだが、トゥーリアの照明落下事故が起きた直後でもあり、ディスコそのものが微妙な雰囲気になっていた。まぁ、そんな状況なのに踊りたい、と言い出す方もどうなんだ?とは思ったのだが。

一通り踊って、この曲が流れた。しばらくはチークタイムだよ、ということだったのだろう。
おいらは彼女の手をとって、フロアに出た。


Chris De Burgh - Lady In Red (Official Video)
https://www.youtube.com/watch?v=T9Jcs45GhxU

Lady In Red/Chris De Burgh
(レイディ・イン・レッド/クリス・デバー)

I've never seen you looking so lovely as you did tonight,
I've never seen you shine so bright,
I've never seen so many men ask you if you wanted to dance,
They're looking for a little romance, given half a chance,
And I have never seen that dress you're wearing,
Or the highlights in your hair that catch your eyes,
I have been blind;

今夜ほど可愛らしい君を今まで見たことがない
こんなにまばゆく光る君を今まで見たことがない
たくさんの男たちが「もしよかったら・・・」なんて、君をダンスに誘う様子を今まで見たことがない
彼らは皆ほんの少しのロマンスを探している、半分のチャンスでもいいから欲しいと思っている
そして、僕は君が着ているドレスを今まで見たことがない
君の髪にあたるスポットライトに、視線は釘付けになっている
今までの僕は、君のことなんて何も見えていなかったんだ

The lady in red is dancing with me, cheek to cheek,
There's nobody here, it's just you and me,
It's where I want to be,
But I hardly know this beauty by my side,
I'll never forget the way you look tonight;

赤いドレスに身を包んだ淑女が僕と踊っている、互いに頬と頬を寄せて
周りには誰もいない、ただ僕と君がいるだけだ
僕がいたいと願う場所がここにある
でも、こんなに美しい人が僕のすぐ側にいるなんて、うまく理解できないよ
絶対に僕は忘れない、今夜の君の姿を

I've never seen you looking so gorgeous as you did tonight,
I've never seen you shine so bright, you were amazing,
I've never seen so many people want to be there by your side,
And when you turned to me and smiled, it took my breath away,
And I have never had such a feeling,
Such a feeling of complete and utter love, as I do tonight;

今夜ほどまばゆい君を、今まで見たことがない
目もくらむほど光り輝く君を今まで見たことがない、君は素晴らし過ぎていたよ
たくさんの人たちが君の側にいたいと願っている様子を、今まで見たことがない
そして君が僕に向かって振り返り、微笑んだ時、僕は思わず息を飲んでしまったんだ
こんな気持ちになったことなんて今まで一度だってなかったんだ
今夜僕が感じた完璧で完全な愛を、今まで君に抱くことなんてなかったんだ

The lady in red is dancing with me, cheek to cheek,
There's nobody here, it's just you and me,
It's where I want to be,
But I hardly know this beauty by my side,
I'll never forget the way you look tonight;

赤いドレスに身を包んだ淑女が僕と踊っている、互いに頬と頬を寄せて
周りには誰もいない、ただ僕と君がいるだけだ
僕がいたいと願う場所がここにある
でも、こんなに美しい人が僕のすぐ側にいるなんて、うまく理解できないよ
絶対に僕は忘れない、今夜の君の姿を

I never will forget the way you look tonight...
The lady in red, the lady in red,
The lady in red, my lady in red,

絶対に僕は忘れない、今夜の君の姿を
赤いドレスに身を包んだ淑女、赤いドレスに身を包んだ君
赤いドレスに身を包んだ淑女、赤いドレスに身を包んだ君

I love you.

愛してるよ

<対訳>多々野親父


彼女と最初に会ったのは、雪の降る入学式だった。バスが時間通りに走らず、遅刻して最後列の席に座っていたおいらの隣に、やっぱり遅れてやってきた彼女も座った。赤いタートルネックのセーターの上に白いコートを着ていて、まるでウサギだな、と思った。顔を見るとメガネをかけた菊池桃子がいた。日焼けもしていない白い顔を上気させた頬は赤く、やっぱりそれもウサギを思わせる色合いだった。
遅れた者同士で妙に話が弾み、大学へ移動した後に飲みへ出て、何となく付き合い始めることになった。

それから約4年、色々あったけれど、結局こうして一緒にチークを踊っている、それはこのまま終わらせるな、という神の啓示なのではないか?とおいらは思っていた。
だから頃合いを見て、離れて暮らすようになるが4月からも付き合いを続けないか?と切り出そうとしていた。・・・していたのだが、足元がおぼつかない彼女は、おいらが口を開こうとするタイミングでおいらの足を踏んづける、それが2回続いて、何となくおいらの気持ちが萎えてしまった。いや、それほど踏まれた足が痛かったのだよw

彼女とは、結局19991年の冬に別れることになる。おいらは、彼女が勤務するむつ市の小学校まで足を運び、結婚するつもりがあるなら待つ、と告げたのだが、彼女は教師を続けたいと言った。そこで話は終わった。
彼女はその後、青森市の公務員と結婚して教師を辞めている。まぁ、それだけで色々思うことはあるし、少なくともおいらには目がなかったということだった。8年は決して短い時間ではないけれど、こと男と女の話ではそういうものは意味をなさないこともある、というオチだった。


さて、今回対訳をした曲について、簡単な説明をしておきたい。
クリス・デバーの「レイディ・イン・レッド」は1987年にヒットした曲だった。タイトルは「赤い服を着た淑女」という意味になるが、スティービー・ワンダーが1984年に放った全米1位ヒットの「心の愛」は映画「ウーマン・イン・レッド」のサントラだったことを思い出す人もいるかもしれない。だが、同じ赤い服を着た女性をモチーフにしたとは言っても、クリスの方はメラニー・グリフィス、シガーニー・ウィーバー、ハリソン・フォードが出演したコメディ映画「ワーキング・ガール」で使用されている。ただ、この映画のサントラとしてアカデミー主題歌賞を受賞したのはカーリー・サイモンの「レット・ザ・リバー・ラン」だったが、レコードの売り上げという意味で言えばクリス・デバーの圧勝だった。なんと言っても3週間に渡って全米3位をマークしたのだから。

1983年に「ドント・ペイ・ザ・フェリーマン」を全米Top40に送りこんだことはあるものの、クリス・デバーと言えばイギリスの中堅歌手というイメージで、さすがにイングリッシュインヴェージョン全盛の時代だったとは言っても、クリスがその波に含まれることはなかった。まぁ、1948年生まれで、アルバム「ファー・ビヨンド・ザ・キャッスル・ウォール」で表舞台に登場したのは1974年のこと、「レイディ・イン・レッド」がチャートを賑わせていた頃にはもう40代目前という人だったゆえ、これも仕方がないところではあるのだが。

「レイディ・イン・レッド」は、1980年代でも珍しくなっていたチークダンスを踊る2人が描かれている、記憶に残る曲だ。
彼女を連れてダンパにいったところ、そこで見たこともないドレスに身を包んで「変身」した彼女に驚き、更には周囲から脚光を浴びている様子を見て、「僕、改めて惚れ直しました・・・」、という内容になっている。だが、現在完了形のフレーズを何度も続けて彼女が別人に見えている様子を描写しているあたりに味がある。フロアで彼女から離れてその姿を眺めつつ思いを巡らせている彼の姿が垣間見えるのも面白い。
そして、口にしないからこそ頭の中で溢れ出す歯の浮くような言葉の数々が、ロマンチックな雰囲気を醸し出す効果を生んでいる。これが女性陣のハートをくすぐる、というわけなのだなw

実際、ネットでアメリカの音楽系掲示板を渡り歩いていると、この曲でチークを踊って今のダンナと結婚しましたとか、一緒にはなれなかったけれどあの時踊った相手のことを今でも思い出す、というコメントが書き込まれているので、この曲の威力が絶大だったことがよくわかろうというものだ。

ディスコにしろダンパにしろ、「告白」の手段として使われるチークダンスは誘う方、誘われる方それぞれに葛藤があり、度胸を決めなければならない「関門」だと言える。そのバックに「レイディ・イン・レッド」が流れていれば、そりゃもうお互い「この後タダでは済まないぞ」感が強くなって当然なのだ。何故なら、一番最後にキメの一言が待っているからねw忘れられない思い出になるのも必定で、野郎はここでキメなきゃいつキメる?という感じなのだ。

おいらは決められなかったけどさw

クリスは「レイディ・イン・レッド」の作曲にかなり苦労したことを2005年のインタビューで明かしている。元々は歌詞の中でも取り上げられている「the way you look tonight」というフレーズをタイトルにして、自分の奥さんであるダイアンのことをテーマに作業を進めていったそうなのだが、どうしてもピリっとしたものにならず、なんと書き始めてから5ヶ月経っても完成させることができずにいたらしい。
そんな中、ダイアンが赤いドレスを着ている姿を見て、それがとても似合っているなと感じた時、正式なタイトルになる「Lady In Red」というフレーズが思い浮かび、ここから一気に曲を完成させることができたのだという。クリスはそれを「構想半年、執筆20分」と称しているが、その作業は「様々な芸術的手法を当てはめて絵を完成させるようなものだった」と説明している。なるほどねぇ、という感じだろうか。

サウンド面でこの曲を印象的なものにしているのは、フレットレスベースが醸し出す独特の雰囲気に負う部分が大きいが、これを演奏しているのはピノ・パラディノで、彼はポール・ヤングの「エブリタイム・ユー・ゴー・アウェイ」や「ウェンネバー・アイ・レイ・マイ・ハット」でもそのエモーショナルなベースプレイを聴かせてくれた人である。

この曲は後に色々な形でリバイバルされることになるのだが、最もやりきれなかったのが島田歌穂のバージョンになる。これは1994年にドラマ「HOTEL」の主題歌としてリリースされたものなのだが、タイトルの「君にできること」はもちろん、歌詞も原曲とはまったく関係ないもので、これには作者のクリス・デバーも驚いたのではないかと思われる。こういう洋楽の雰囲気とメロディだけを借りてきて、曲が持つ本来の意味やメッセージを無視するような作業は、日本の歌謡曲が空っぽであることを自らが証明していると言えるのだが、ここまで明確にイメージが確立されているこの曲の世界でさえ、こうして破壊してしまう無神経ぶりは、今思い返してもひどいものだ。
ミュージカルで鍛えられた島田の歌唱力が優れているだけに、余計残念でならない。オリジナル通りになぜ歌わなかった?と喝を入れたいところだ。

さて、対訳であるが、歌詞で頭を悩ませるような部分は一切ないと言っていい。なので、訳者それぞれのセンスでいかようにも世界を構築できるという楽しみがこの曲にはある。で、ささやかな願望としては「レイディ・イン・レッド」と同じような体験をした人の訳を読んでみたい、となるのだがw。

ただ、ファッションで見違えるほど奇麗になった相手を見て、本当の愛に気がついたっていう展開は、どうなんだろう?見てくれが最も重要だったってことだと、相手も面白くなかったりするんじゃないのかなぁ?と意地悪く思うおいらがいるのだがねw
ま、何にしても、やっぱ、チークはいいね。スナックでママと踊る、とかそういうのは抜きにしてさw

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