3月11日

7年前のこの日、私は仕事をしていた。
私が働く場所は従業員が300人くらいいて甲州街道沿いにある。

揺れを感じたとき、私は所属する部署におらず、応援として組まれたチームにいた。

一時避難で外に出たときに、同じ部署の先輩の顔をみつけ、無事を確認しほっとする。


交通網はストップしていたため、歩いて家に帰った人もいたし、朝までいれる店に入った人も、会社に留まる人もいた。
とにかく次に何が起きるかわからなかった。

携帯が繋がらなくなって、会社の1階にある公衆電話に行列ができた。

1人5分は電話するだろうか。

今並んでも1時間以上待たなければいけない。


鞄から取り出した防災マップを見ながら年配の男性は帰り道を確認していた。


公衆電話はテレホンカード専用だったので、カードを持っていない私に「これ、使っていいよ」とカードを複数枚手渡してくれた。「みんなで使っていいから」と言って信託銀行の名が入ったカードをくれた。
合併前の会社の名前。私が入社したときにはとっくにその名前ではなかった。彼が何十年も財布に入れていたと思うと重みを感じた。

(この世代の人たちはリーマンショックより山一證券の話をする)


年配の女性はあれやこれや言っててきぱきと帰っていった。
帰り際に、「早く近くのコンビニに行って食べ物を買い込んで来なさい。これで皆の分を買ってきなさい。」と言って私に紙幣を渡した。

会社にはたくさんの年代の人がいたが、やはり年の功というべきか、一番頼りになるのはその年配の2人だった。


私の家は県を越えなければ帰れないので、会社に留まるのが安全だと判断し、2人に言われた通りに動いた。

何人かまとまって買い出しに行ったが、コンビニにはまだ食べ物がたくさん置いてあって、私たちが会社の4階の自席に戻る頃に動き出した人たちは何も買ってこれなかったそうだ。

なお、エレベーターが使えなくなってしまったので他のフロアも見たが2階は人がいなかったし、残っている人はほとんど4階と5階の人たちだった。


幸いPCのネットが繋がっていたので、上司がネットニュースを見て、最新情報をその場にいる人に伝えてくれた。
(ちなみにその時はネット検索の権限があり、全員が閲覧できなかった)
彼のいいところはそういう所で、数時間後帰っていくのだが、要所に気がつく人だった。


4階に残っていた社員は20名くらいだろうか。旦那さんが迎えに来て帰った先輩もいた。

同じ部署の、体が弱い派遣の方がちょっと横になりたいといって畳がある休憩室に連れていって、一緒にいた私以外の4人はそのまま休息をとることになった。皆横になってしまった。


さておき、私はまだ休む気になれなくて、そろそろ電話できるかなと思って1階に降りた。
もう誰も並んでなかった。
恐る恐る家の電話番号をおした。
何時だったのかは覚えていない。


数回の呼び出し音のあと、母が出た。
母は震災が起こる数ヶ月前から寝込んでいた。安否を確認したらすぐ切るはずだったが、なかなか切れなくなってしまった。


電話をおえて4階に戻った。自分の部署の人は休息しているので隣のチームの人の輪に入って時間がたつのを待った。
朝になれば電車が動くでしょう、と。


そんなとき、1人の男性の声が聞こえた。
聞き覚えのある声だ。


彼は会社と家の距離が近い方で、年配の2人が帰宅するより先に帰っていたはずだった。


???!


その場にいた人は何で彼がその場にいるかわからなかった。
彼は一度自宅に帰ってから車で会社に来ていた。

何かを届けにきたようでも取りに来たようにもないようだった。

わざわざ危険を選んで戻ってくるなんてあり得るだろうか?


彼は直属の上司と何か打合せした後、私に「帰るぞ」と言って、私と私より遠くに住んでいる先輩を車に乗せて、彼の家とまったく逆方向に向かう準備をした。
展開が早くてついていけない。


車のエンジンをかけたとき、マイケルの歌が流れたが、彼がすぐに止めた。(THIS ITが出た頃だった)

家の住所を教えて、カーナビを打つ。

発進する。


途中ガソリンスタンドに寄ったことは覚えている。

深夜で車の外の様子はわからなかったがその日は信号はついていた。
助手席に乗った先輩とは数回しか話したことがなかった。(後日同じ部署に配属される)

私は後部席で2人を見守った。
先輩は運転手が眠くならないように、ずっと話しを続けていた。
私は現実味がない出来事が続いて、疲れてしまって寝たふりをした。


あっというまに私の家の近くまで来た。
都会を超えて、電車では通らない川や田んぼや畑を越えて自宅前に到着した。

先輩の家はもっと先だからここから30分はかかるだろう。


彼は一旦車を停めて、外に出て一服した。
もともと街灯が少ない街だったのであたりは暗かったが、電気はついていて、車と彼をぼんやり照らしていた。


お礼を言う私に、彼はいつものように手をあげて挨拶し、さっさといけよと言うように見送ろうと思った私をこばんで、結局私が先に背を向けた。



後日、会社のシステムが正常稼働した後、被災者の方を対象に私が担当する手続きの特例措置の指示が出ました。

私は復興支援に直接関われませんでしたが、仕事を通して何か役に立てたなら幸いです。



転職した今でも、この出来事は忘れませんし、私を助けていただいた方々に感謝しています。


✳︎定年退職した2人、未熟だった私に知恵を与えてくれてありがとうございました。

✳︎畳の部屋にいたあなた、
私があなたを優先してと頼んだこと、知っていましたか。
今ではあなたの笑顔がみれないのですね。たくさん支えてくれました。

✳︎車を走らせてくれたあなた、
エネルギーのあるあなたはスーパーマンです。


たくさんの積み重ねが今の私を支えています。
ありがとうございました。

そして、震災により被害に遭われた方々のご冥福をお祈りいたします。


ありがとうございます*\(^o^)/*
2

momoi

hard days

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