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クラブ、虚構に塗れて

“誰も知らない 私がなんなのか
あてにならない 肩書きも苗字も
今日までどこを どう歩いてきたか
わかっちゃいない 誰でもない”

ー椎名林檎 目抜き通り

この情景が1500円で手に入るなんて思わなかった。急に俗な話。

先日クラブデビューを果たした。
場所は渋谷のAtom。

ナンパが多いとは聞いていたけれど、入場前から男二人組に
「お姉さん先に俺たちとエッチしてから行かない?」
なんて声をかけられて、クラブの洗礼を受けた気分だった。
ちなみに一人は読者モデルでもやっていそうなイケメンだった。

中に入ると、まさに異世界。
聞き覚えのあるような洋楽が爆音で流れる中、暗いフロアに眩い光が入り乱れる。久々にライブに来たような気持ちで、ステージには誰もいないのにテンションは急激に上がった。

友人と二人で5階に上がる。
なぜその階にしたのかは覚えていないが、その選択は私の夜に衝撃をもたらした。
フロアに上がると私にも友人にも男が声をかけてくる。
開店間際でクラブにいる全員がアガっていた。
友人はさっさとあしらったが、私の相手はなかなかカッコよかった。
「ちょっと待って本当にタイプなんだけど、どうしよう。」
なんて真顔で言われると、普段そういうことを言われ慣れていない女こと私は、お世辞とわかっていながらも良い気になってしまう。
「一緒について行って良い?」
という言葉に喜んでOKサインを出していた。
しっかり恋人繋ぎをしてひたすら口説かれること数分、
とうとう彼が私の友人に
「ごめんほんとにももちゃんタイプだからちょっとだけ二人で話して来ても良い?」
と聞いた。
友人は
「ももちゃんが良いなら良いよ、なんかあったらすぐ電話してね。」
と言ってくれた。
心配しながらもクラブの醍醐味を楽しませてくれるベストフレンド。
私は行ってくるねと言って男と一緒に下の階におりた。

フロアの後ろの方に行き、二人だけで話した。
男はヨシトといった。
身長は180cmほどで私と20cmの差がある。
クラブの口説き文句なんて二言目には「ホテル行こうよ」なのに、
ヨシトは「付き合ってほしい」と言う男だった。
「絶対ホテルは行かないからね」
誘われる前に念を押すと、少し距離を置いて悲しそうに笑うのだ。
「なんでそんなこと言うの?俺そこらへんにいる男と違うから。」
と言って。
年を聞くと社会人1年目だった。
日系のITコンサル会社に勤めていると言う。
私は就活中だ。コンサルタントの頭の良さはよく知っている。
「俺そこらへんにいる男と違うから」
という言葉が急に現実味を増し、
頭の良さへの憧れが好意に繋がりがちな私は俄然ヨシトに興味が湧いて来た。
「アクセンチュア?」「違うもっと下。」
「PwC?」「それ外資。てかアクセンチュアとかPwCとか知ってるって本当にちゃんとした人なんだね。」

私は今日が初めてのクラブだと伝えていた。
それに対して「ちゃんとした人が好き。」と答えた彼はやはりやり手だ。

彼に答えを尋ねると「アビーム」と教えてくれた。
コンサル志望でない私でも知っている一流企業。
これは大学も同じかもしれない。素性がバレるのが嫌だったので大学の話はしないでおいた。

かっこよくて、優しくて、一流企業に勤めている男が私と付き合いたいと言っている。
初めはただのヤリチンの頭空っぽ男だと思っていたのに、
私はもう彼の言葉を戯言とは受けとれなくなっていた。

「ももちゃん、ちゃんとした人だね。」
彼は「ちゃんとした人」という言葉を多用した。おそらく彼も(私と同様)無意識に学歴差別をする人間だ。
「あなたもちゃんとした人でしょ?」
と聞くと、
「だってちゃんとした人が好きでしょ。」
と返して来た。
確かに私はちゃんとした人が好きだが、今はヨシトが当てはまる属性の方が好きだ。
「ちゃんとしてないとどうなるの?」
そう聞くと、私が言い終わるか終わらないかの内にキスをした。
「唇を奪われる」とはこのことだ。
こんなの私が誘ったも同然、まがいもない確信犯だが、私は心底驚いたような顔をした。
そして実際私の心は、あまりに華麗な不意打ちのキスに心底驚いていた。
こんな少女漫画みたいな展開に、もう半分くらい恋に落ちていたのかもしれない。
そこからは夢中になってしまった。
しかも彼はめちゃくちゃにキスがうまかった。
「脳までとろけるキス」の実写版。
顔面偏差値は70、キス偏差値は90。
キスで喘ぐなんて想像できなかったけれど、これはもう完全にそれだった。
今まで何人とキスをして、何人の女を泣かせて来たのだろう。
とかここら辺は冷静になった今だから言えることであって、その時は「とろけちゃう…」
みたいなバカ女の感想しか持ててなかった。
しかもバックミュージックはDespacito。
私たちのために流れているようなものだ。
これを読む人がどう思うかは置いといて、この日のハイライトは完全にここだった。
「ちゃんとしてないとどうなるの?」
から巻き戻し再生したい気持ちでいっぱい。

「この後ちょっと飲みにいかない?」
そう言われた時について行ったらよかったのかな。
何を持って良しとすれば良いのか、もう自分でも全然わからないけれど、
他のフロアに友人が待っていたのでさすがにその誘いには乗らなかった。

携帯を見ると友人から「大丈夫?」と連絡が来ていた。
数分前にきていた電話に掛け直し、友人と合流することにした。
彼とは後日また会えるという確信があったので、別れはそれほど惜しくなく、むしろ今後の展開に期待し、ワクワクしていた。

友人と合流し、お酒を飲んでそれまでの出来事を話した。
「収穫はやいね!」と驚く友人と笑いあい、
早速彼に「また会おうね」とLINEした。

そのあとはフロアに降り、友人と共に音楽に乗って踊り続けた。
酔った状態で踊るのはとても楽しかった。
自分がどんな動きをしているのか、見た目がどうか、何も気にならずに感じたままに体を動かし続ける感覚は新鮮で、その間にも男に声をかけられ、そして隣には大好きな友人という最高の環境に興奮が止まらなかった。
私が他の男と話しているのをヨシトが見たら引き離してくれるだろうかなんて妄想しながら。

30分ほど経っただろうか、私たちはさらなる新境地を求めて階を移動した。
大げさに聞こえるかもしれないが、私にとっては一歩歩くごとに新しい世界が広がるクラブ散策は冒険だった。
確かその時間の渋谷は冷たい雨が降っていたが、そんなことは微塵も感じさせないほど
クラブの中は熱気にあふれていた。
そしてフロアを見回して、私は動けなくなった。

ヨシトが他の女を口説いていた。
私がそうされたようにフロアの後ろで二人だけ密着して。
まるでさっきまでの自分を客観的に見ているようだった。
血の気が引き、急に酔いが覚める。
頭が冷静になっていく。
これを読んだ人はこの展開に全く驚かないかもしれない。
「クラブで口説かれた男が他の女と一緒にいる」
なんてこともない話。
だけど私は本当に、本当に信じていたのだ。
彼が社会的にマトモな人で、本気で私に心を寄せてくれていると。
彼は巧妙な詐欺師だった。
そして私はどうしようもなく騙されやすいカモだったのだ。

私の気持ちはみるみる下がった。
さっきまで夢と見紛えていたクラブを恨み始めていた。
クラブとは虚構の空間だ。
そこに現実はない。
誰も自分の顔を持っていない。
私はそれを知らなかったのだ。
正確には知っているつもりだったが、甘かったのだ。

友人に知らせると「え、嘘だよ。近くにいたから話しかけただけだよ。」
と言ってくれたが、私から見たら口説いているのは一目瞭然だった。
さっきまで私が見ていたのと全く同じフォルムだったから。

そこからは怒りと悲しさ、寂しさや情けなさが入り混じり、自己肯定感がどん底近くまで下がった。
女はルッキズムの中で生きていかなければいけない。
男だってそうだけど、女の方が顕著な気がするのは贔屓だろうか。
私は男に選ばれない経験をするたびに自分の顔が可愛くないと突きつけられているようで、恋愛に人生の重きを置いてしまう私の人生を生きていく意味を見失いそうになる。
好きな漫画家が「選ばれなかったのを顔のせいにするのは、それが楽なせいもあるよね」みたいなことを言っていたけれど、そんなの全然楽じゃない。
本当は性格のせいにしてしまいたいけれど、残念ながら自分の性格には自信があるし、男は結局顔で選ぶと思っているから、もっと可愛くなりたかったと心で泣くのだ。
本当に、そんな経験を積むたびに心が泣いている。
多分これはどんなに慣れても変わらない。
何度選ばれない経験をしても、顔をいじられるような経験を積もうと、絶対にこの痛みが和らぐことはない。
またしても私にこんな思いをさせたヨシトを心から恨む。

だけど、もし今謝ってきてくれるなら、
もう一度とろけるキスがしたいと思ってしまうのだ。
なんて愚かなんだろう。

ストーリーとしては一旦ここで終了するが、実際の時刻はまだ午前2時ごろ。
物語が終わっても現実は続いていく。
この後は白ワインを一気飲みしてヨシトに「バーカ!」と言いに行き、
もうどうでもよくなって踊り狂っていたところをVIP席の自称25歳に誘われてシャンパンをご馳走になり、よくわかんないけどキスさせられて、でももう何が何だかわからないしどうでもいいしって感じでいいところでバイバイ、その後一緒に踊っていた男と初めてのワンナイトをしたという顛末。
しょうもない、本当にしょうもない1日だったけど、
クラブの光と闇を痛感できたし、ワンナイト相手は普通に良い人で今もラインしてるしってことで、女子校温室育ちの私には良い社会勉強になった1日だった。


虚構として捉えたクラブは楽しい。通います。

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モモコ

早稲田大学。絶賛就活中。恋愛にうつつを抜かしがち。メンヘラなりがち。
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