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冷たい声、熱い舌。

賢の存在そのものが、私を狂わせる。
会議室で二人きりになれば、斜め後ろ姿の表情にクラクラさせられて。
電話を取り次げば、受話器越しの冷たく低い声に、私の身体は熱を帯びる。

みんなが出払った昼休み。
まだ取引先との電話が終わりそうもない賢を一人残して、席を立った。

オフィスを出る瞬間、振り返ると賢と視線が絡む。
賢は左手に受話器を持ちながら、私のことを手招きした。

その指の動きにさえ、心ごと奪われる。
できるだけ平静を装って賢に近づくと、賢は急に私の手首を掴んだ。

「……きゃっ、」

小さくもれた悲鳴。
バランスを失った私は、賢の膝に抱えられる。
立ち上がろうとすると、賢の腕が私のことを強く引き寄せた。

「……すみません、では後ほど」

賢の声が、すぐ耳元で聞こえてくる。
受話器を置いた賢は、自由になった左腕も私の身体に回してきた。

「賢?何してるの?」

みんなまだ出たばかりとはいえ、いつ誰が戻ってこないとも限らない。

「怜が悪い」

耳元で囁かれた声は、とても冷たくて、賢の吐息との温度差に、また身体中がしびれあがった。

「私が?どうして?」

「……怜の存在そのものが、俺を狂わせる」

賢は私の首もとに甘く唇を這わせた。

「……賢、だめだよ」

離れなきゃと思っているのに、理性は欲求には勝てない。

「どうして?怜だって俺に堕ちてるだろ?」

賢は私を振り向かせると、唇を重ねてきた。

冷たい声からは、全く想像できなかった、賢の唇の温度。

微熱よりももっと熱い舌が、私の舌を絡めとった。

呼吸と鼓動が、自由にならない。
私を狂わせる全てが、触れれば手に届く場所にあって、今私を求めてくれている。

角度を変えて、何度も重なる唇。
長い口づけの後、賢は私を抱きしめた。

「怜、ランチに行こうか」

「え?」

さっきまで、熱っぽい視線をしていた賢は、わずか数秒でいつもの顔に戻る。

私を離した賢は、行き先ボードに何かを書き出した。

取引先の名前を書いて、さらに“直帰”と付け足す。

私のところにも、同じように記した賢は、私の耳元に唇を寄せてきた。

「手作りのランチ、ご馳走してやるよ」

「え?」

賢の横顔に、また身体中が熱くなった。



fin


いつか自分の書いたものを、本にするのが夢です。その夢を叶えるために、サポートを循環したり、大切な人に会いに行く交通費にさせていただきます。