心を鷲掴みにされた言葉

パパの会社ではその昔、着メロバブルにのって、携帯電話の着メロを製作・販売していた時期があったんだって。着メロってわかる?着信時になる音のことだよ。プルルルル、とか、チャンチャラチャンチャラちゃらチャララララ、とか、そういうのじゃなくって、そこを楽曲にするっていうのが流行ったのよね。最初はさ、自分でプログラムしてたの。なんかドレミファソラシドを数字で打ち込むみたいなのがあってさ。カエルの歌とか、そういうシンプルで短いメロディを。オリジナル着信音っていって、そうやってみんな作ってた。そのあとは、アーティストの楽曲を着信音にしようっていう方向になってきて、パパの会社では、それ用の音を、専用スタジオでちゃんとレコーディングして制作してたんだって。結構本格的なスタジオだったって聞いたよ。ま、ママは実際見てないから知らんけど。

その時に、今家にある、Rolandの88鍵のキーボードも使ってたんだけど、着メロバブルの崩壊とともに、会社の方に貸してたんだって。ママがピアノ弾きたいっていったら、わざわざその人に連絡してくれて、Rolandを取りにいってくれたの。正確に言うと、2人で取りにいったの。そして帰りに多古米買って帰ったの(→どうでもいい情報のようですが実はとても重要)。なんか申し訳ないなぁって思ったんだけど、実際は大きくて置き場所にも困っていたらしくて、Win-winの関係で一安心。

Rolandが家にきてからは、2人で夜、酔っ払ってはピアノ弾いて、って過ごしてた。パパは、昔バンドのメンバーだったこともあって(って、本当になんでも首突っ込んでるよね!)、その時にシンセサイザー担当だったから、ピアノ弾けるんだよ。ママみたいに、小さい頃からピアノのレッスンを受けて、っていうわけじゃないから、楽譜を読んだり、ベートーベン弾いたりはできないけれど、パパは音感がすごくよくて、耳で聞いた音をちゃんと鍵盤で表現することができたの。これ、ママにはできないこと。いわゆる、耳コピで弾く、ってやつね。ママはさ、中学校までピアノのレッスン受けていたから、楽譜があればそれなりには弾ける。あ、ショパンの超絶技巧とかは無理よ!ソナチネからソナタ程度です。

付き合い始めた年は、大河ドラマで龍馬伝をやっていたのね。その龍馬伝のテーマをパパが好きだったから、ママは楽譜をダウンロードして密かに練習して、ある夜酔っ払って披露したの。練習も足りないし、酔っ払ってたし、グデグデだったけれど、それでもパパはすごく喜んでくれてた。そしてパパも横に立って、オリジナルの連弾になって。すごくすごく楽しかった。音楽っていうのは、まさにこういうことだよな、って思った瞬間だった。音を楽しむ。奏でることも聞くことも、両方ね。一緒に楽しんでくれる人がいると、さらにまた楽しくて。

パパもそんな時間を楽しんでいたと想う。だから結局のところ、外に飲みに行くよりも、家でご飯食べてそのまま飲んで、酔っ払ってピアノ弾いて、歌って踊って、みたいなのが日常になっていた。とても平和でコスパが良いパリピだね。
そんなある日、いつものように酔っ払って、パパがママにピアノ弾いてよって、言ってきたの。でもさ、私だっていつもいつもお祭り騒ぎな気分ではないし、その時はなんか、”今日はやだ”って断ったんだよね。そしたらパパ、なんて言ったと思う?!

”弾いてよ、お願い。俺さ、トンさんのピアノが好きだから”


<u>トンさんのピアノが好きだから</u>


大事なことなので、2回言いました。しかもよくわからない形で強調までして・笑。

色黒で丸顔で変なメガネしてくるくるパーマのパパの顔が、一瞬千秋先輩に見えたわよ。いや、ママには確かに、あの時パパの顔に千秋先輩が見えたわ。千秋先輩ってわかる?千秋真一よ、千秋真一。二ノ宮知子さんのベストセラーで月9でドラマ化もされた”のだめカンタービレ”の千秋先輩!その千秋先輩ものだめに対して、”俺はお前のピアノが好きだから”っていうシーンがあってね。そのシーンはどうでもいいんだけど、ママはその言葉に感動したことがあったの。それって最高じゃん、って。人にはいろんな好きがある。その人の優しいところが好き、まっすぐな瞳が好き、ゴツゴツした手が好き、とかさ、いろいろ。でも、その人が奏でるものとか、織りなすものとか、生み出すものとか、その人に備わっているものじゃなくて、その人だからこそ表現できる何かを好きって、これ、相当本気で好きってことじゃない?!

パパがこの言葉を言った瞬間、ママの頭の中ではベト7(ベートーベン交響曲第7番)の第四楽章、コーダ部分がまるでファンファーレのごとく鳴り響いたわ。そして思ったの。あぁ、結婚するならこういう人がいいなって。こういう人っていうのは、失礼ね。この人がいいって。この時初めて、でもすごい確信を持って、そう思った。その瞬間に、年老いておじいちゃんおばあちゃんになって、ワイン片手に2人でピアノの前に座って、飲みながら楽しく音を奏で合う姿がとても鮮明にイメージできた。

パパ、ずるいよね。あんな顔してさ、たまにすごく良いこと言うの。心を鷲掴みにされたり、脳天から激震が走ったり、目から鱗がポロポロポロポロ落ちたり、どん底に一筋の光を届けたり。決して日本語力は高くないのよ。だってさ、センター試験の国語の中で、一番苦手だったのは現国だったって。古文や漢文は、覚えれば回答できるから点数を稼げるけれど、現国はそうはいかない、って。”主人公が下線部分のように感じた理由を答えよ”って言われても、俺主人公じゃねぇからわかんねーし。って、さ。それを読み解くのが国語だよ!って思ったけれど、パパはそういう人だったから。
ボキャブラリーも少なかったし、概要だけ述べて詳細は説明できない、とかあったし。でもさ、それがよかったのかもね。直感的に、シンプルな言葉で話すから、時にそれがものすごく心に響く。もちろん、シンプルすぎて真意がわからなくて、イラつくことも多々あったけど。

パパがママのピアノを好きでいてくれるから、これからもずっと弾こうと思った。プロのピアニストでもないし、耳コピもできないけれど、でも一緒に過ごす時間がピアノを弾くことでもっと楽しくなるならば、それをパパが喜んでくれるなら、一緒に音を楽しみたいって。パパのシンプルな言葉が、この時ママの心を鷲掴みにしたの。

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