人生の棚卸4:美術大学時代

美術大学時代

・武蔵野美術大学の視覚伝達デザイン学科は、成果物に行き着くまでのプロセスを重視する学科だった。
・視覚・味覚・聴覚・嗅覚すべてに訴えかけるようなデザインの表現方法を求められた。
・単純に絵のスキルを求めない、カリキュラムが私にはとても心地良かった。

イベント三昧
・課題よりも、カリスマ的なアイデアを閃く友人と一緒に、変わったイベントの企画ばかりをしていた。
・友人の誕生日を祝うために、曲をつくりPVをつくり、ライブまで行う。
・オリジナルプレゼントを作り校内で配って歩き、その様子を写真におさめて展示会を行う。
・私はその頃、0→1 の人と組んで、自分は 1→10 をする事が得意だと認識するようになった。

悩み
・この頃、友人のアイデアを具現化するばかりで、自分の作品をあまり作らなくなった。
・誰かと一緒に過ごす時間が楽しく、自分と向き合い自分の作品をつくる時間が減った。
・中高の時の自分との違いにギャップを感じながらも、今の自分が楽しいと感じる事を続けていた。

就活
・自分はこれから何を仕事としてやっていきたいか全くわからなかった。
・広告代理店、テレビの制作会社、ゲーム会社、メーカーなど手当たり次第に受けた。が、どの会社も課題が楽しくない。やる気が出ない。入社課題が楽しくない=就職しても楽しくないのでは? 一体私に向いている仕事はなんなんだろう?と迷走していた。
・そんな中、まだ有名になる前のグリー株式会社に出会った。当時イラストレーターを募集していた。私はその課題がすんなり出来て、楽しかったこと、過去の作品集を提出したところ、面接官に「君は何か一つのことに限定しないで、色々な事に挑戦していくのが好きなんだね?グリーではそれができるよ」と言われ、ここならやっていけるというなんとなくの確信が生まれ、グリーで働く事に決めた。
・当時言われた事は当たっていて、本当に色々な事をやらせてもらった。


次は、会社員時代編です。

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はっぴ〜!
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井上桃子

第一章:人生の棚卸 〜私のこと〜

32歳になって、はじめて自分とちゃんと向きあった。その時に考えたことをメモとして残しておこうお思う。
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