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さよなら の挨拶を。

Arrivederci というのは、イタリア語の「さよなら」なのだが、普段は気軽にCiaoを使う。正しい使い分けなのか分からないが、診察室から患者さんが出て行く時や少しフォーマルそうなときに“arrivederci アリヴェデルチ” と言っていた。
もう一度会う、という意味を含んだ別れの挨拶である。

帰国前の挨拶に行ったときのこと。その日の朝は研究所で文献をまとめて、レジデント達の業務が落ち着く頃合いをみて病棟へ白衣を片手に向かった。

廊下であまり見覚えのないご婦人にinglese (English)と呼び止められた。イタリア語を理解できないものの、最大限にセンサーを働かせて病棟で上手くやり過ごしてきた。だが、やはり何をしたら良いのか状況がどうにも掴めなかった。

すると隣にいたお孫さんと思しきお嬢さんが英語で話してくれ、言われるがままにNo.20の部屋に入ると、彼はいつものように出迎えてくれるのだった。

今日の夕方に退院することになったんだ、と笑顔で言う。

毎朝、部屋に行きcome stai (調子はどう)?と聞くと決まって彼はアルコールジェルを欲しがり、手に塗った後に頭につけては涼んでいた。暑さが増してきたローマではたしかに気持ち良さそうだ。

退院の話が急であったので驚いたが、お互いに病院を去る前に会えたことが何よりも嬉しかった。そして、別れ際に
 You are my good inglese doctor と言ってくれた。
完璧な会話で診察をすることはできなかったが、病院で過ごす中で何よりも嬉しかった。


時間をおき、別のご尊老に挨拶にいく。彼は担当した患者さんの中では一番長く入院していた。入院当初は首に腫れがあった以外は状態は落ち着いていて、現地の医学生との身体診察の練習に付き合っていただいたりと大変お世話になった方だった。

状態があまり良い方向にいっていないのは知っていた。しかし週末に悪化したのか部屋に入ったときには呼吸は荒く、返す言葉は途絶えとだえであった。日本に戻ることを伝えると、何かを訴える。酸素の量を確認するが、他にどうすることもできず、僕はただ手をさするだけだった。

そして、帰りのフライトを待つ最中に彼の訃報を受ける。

ローマの早朝

good doctorと言ってもらった後に何もできない、これが現実だった。僕が病院で1年と半年過ごしてきて、できるようになったことは何なのかと思い返す。

留学を延ばす選択肢がなかったのか、と友人に問われた時に残りたい気持ちはあるが、できないと伝えた。さまざまな状況と理由とが挙げられるが、何よりも僕の無力さが明らかであり、そのギャップを埋めるのに日本に戻ることが最善であった。

帰国して日々のことに追われ始めているが、単に医師免許を手にすることのみを目的とせずに過ごしていきたい。

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