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【書評/感想】「夫のちんぽが入らない」読んだら、 欠陥だらけの自分を愛せた

「夫のちんぽが入らない」という本をご存知だろうか?
2017年1月に刊行され、漫画化もされ、連ドラも決定している話題の本だ。

つい最近、よく行く書店でこの本と出会った。
率直に言おう。

タイトルに惹かれた。

この本を手に取ったのは、タイトルが斬新すぎたからだ。
買う予定の本を手に取り、レジに行く途中、ふと視界に入ったこの本。
タイトルに「ちんぽ」の文字が見える、ついに自分の目がおかしくなったのか?と思い近づくと、飛び込んできた「入らない」の文字

頭のなかで、その文字をつなげてみた。「ちんぽ 入らない」、、、
再び視線を、本に戻す、、、

「夫のちんぽが入らない」だと???!

この時の衝撃はすごかった。手に取る前に、周囲を確認した。
まるで、オトナな本を初めて手に取る少年のようだったと思う。

手に取って、衝撃を受けた。
本のカバーには、タイトルからは想像もできない絶賛の声。

好き嫌いの別れる小説のような気もするが、ぜひとも書店で手に取り(漫画でもドラマでもいいや)、実際にこのストーリを味わってほしい。
「普通」が凶器になること、自分を貫くことがいかに大変で、いかに強く美しいのかを教えてくれる素敵な本だ。

【書籍情報】

 タイトル:夫のちんぽが入らない
 発行日 :刊行)2017年1月、文庫本)2018年9月14日(第1刷)
 著者  :こだま。2017年1月に、実話をもとにした私小説『夫のちんぽが入らない』でデビュー。2作目のエッセイには『ここは、おしまいの地』等がある。

【概要】

ド田舎育ちで大学進学と同時にひとり暮らしを始めた主人公 "私" は、のちに夫となる同じアパートに暮らす大学の先輩と付き合うが、重大な問題がひとつあった。「ちんぽが入らない」のだ
結婚してからもずっと「ちんぽが入らない」問題がふたりをつきまとう。

「ちんぽが入る」のは当たり前という普通が、より一層ふたりを苦しめる

「ちんぽが入らない=私が悪い」と主人公は自分で自分を苦しめてしまう。我慢をしてしまう。そして、職場や身内との関りの中でつぎつぎに夫婦に訪れる、さまざまな不運。

それでも、さまざまな不運を乗り越えて、ちんぽが入るつながりよりも深くつながる夫婦のカタチを、実話をもとに”私”目線で描いた物語り。

【感想】

 すごく素敵。泣いた。
 ちんぽが入らいない問題の描写もすごいが、心が壊れてしまうまでの過程やそこから徐々に回復していく様子がすごくリアルに描写されており、胸がギュッと締め付けられる。

 また、心が壊れてしまった経験を糧に、「ちんぽが入らない」ことも受け入れ、まるっと夫を支える決意をした主人公の強さに胸を打たれた。
 心が壊れてしまう経験をした自分だからこそ、心が壊れてしまいそうな夫を支えることができるという主人公の決意は、一度でも壊れてしまった経験がある人に勇気を与えてくれる
 この本を読んで、心が壊れてしまっていた自分のことを欠陥だらけの自分のことを、そんな自分だからこそ誰かを支えられることもあるのだと、ちょこっとだけ愛することができた

 さらに、この本を読むと、普通とはなんだろうと考えさせられる。
 自分の「普通」は、目の前の人の「普通」とは限らない。
 自分の「普通」を押し付ける前に目の前の人なりの「普通」があることを理解して、その人の背景にまで思いを巡らせられるようになろうと思った。

 では、ここで印象に残ったシーンをご紹介。(ネタバレ要素ありです)

結婚に対する主人公の価値観の描写。

両親は常にお互いの悪いところばかり探り合い、相手のせいにして腹を立てていた。もはやストレスの捌け口でしかなかった。罵り合うために一緒にいるようにしか見えない。どうして結婚したのだろうと不思議だった。

幼い主人公にとっては、「結婚=好きな人と一緒にいること」ではなく、「結婚=苦痛を強いること」であった。そんな彼女の価値観が「ちんぽが入らない彼」と出会い、変わってゆく。

「ちんぽ入らない問題」の解決に取り組む姿がとてもコミカルだが、痛々しくも描かれている。読み進めて行くと、心が壊れてしまいそうになりながらなんとか今日を生き抜く主人公と出会う。

きょうが耐えられないほどつらい一日になったなら、あすの朝ここを乗り越えればいい。だから、きょうだけがんばってみよう。きょう一日だけ。死ぬことはいつだってできるのだから。

 ひらがなでの描写がもとてもリアルで、すぐにでも壊れてしまいそうな、とても脆そうな印象を受ける。悲しいけれど、いつでも死ねることが主人公を生かすことにつながっている。いつでも死ねることが、逃げ道となり、生きることをやめないでいられるのだ。

やがて、主人公は、この苦しい思いをインターネット上で吐き出し始める。

やさしい言葉を掛けてもらいたいとか、理解してほしいわけではなかった。そんなことをネットの人に求めてはいなかった。どこか放出しないと、今にも破裂してしまいそうだった。

 この気持ちにとても共感した。
 私の自傷行為もきっとこの主人公と同じような気持ちだったのだと思う。理解が欲しかったわけではない。ただ、どうしようもない虚無感や消せない希死念慮をどこかに吐き出したかったんだと、改めて思う。

そして、心を壊してしまった彼女が、ついに職場を離れることを決意する。職場から、退職ではなく休職ではどうかと提案されるも、断るシーン。

休職。それも選択肢にはなかった。数ヵ月休んだくらいで私の心身は回復するだろうか。復職する日のことを考えて眠れなくなり、いっそう心を病んでいる姿が容易に想像つくのだった。疲れや一時的な気の病などではなく、私の人間性に係る根本的な問題だ。 

 心が壊れてしまうと、それは、一時的な問題ではなく、自分の人間性がおかしいのだと自分を丸ごと否定してしまう。自分はどこに行ってもだめだと思ってしまう。自分はずっとだめなままなんだと思ってしまう。
 だけれど、環境をすこし変えるだけで、自分を責め続ける思考から抜け出すことができる

環境を変え、少しずつ心の余裕を取り戻していく主人公。

今の私には少しだけ心に余裕がある。心が張り詰め、出勤するのもやっとだったあのころには見えなかったものが確かにある。少しずつではあるけれど、私も変わってきているのだ。

徐々に回復してく様子が描かれている。ゆっくりと、回復に向かってゆく。

 きっと、主人公の心が壊れてしまったのは、大きな成果を求めていたからこそ、自分の歩みの小ささに嫌気がさして、自信をなくしてしまっていたのだと思う。ほんのちょこっとだけでいい。ほんのちょこっと、自分を認めてあげて、受け入れてあげられると、心に余裕が出てくるのだと思う。 

それでも主人公の抱える問題は解決されていない。再び、ちんぽが入らない問題に向き合うこととなる。ちんぽが入らない問題も解決せず、子どもを産むことも育てることにも不安を抱く主人公に、夫が伝えた言葉。

あんたの産む子が悪い子に育つはずがない
夫はそう断言した。思いもよらない一言だった。

「うちの娘は気が利かないし、はっきりものを言わない。思っていることを全然言わんのです。まったく情けない限りですよ」
「そうですか?僕はこんな心の純粋な人、見たことがないですよ
あのときも夫は迷いなく、まっすぐに言ったのだった。

 すごく感動したシーンのひとつ。問題が解決したわけではないけれど、お互いを思いあい、大切にしあっていると感じられるシーン。
 言葉にするのはすごく難しいのだけれど、大切な人とつながっている、ってこういうことなのかなと思う。

そして、ふたたび、この夫婦に不運が訪れる。旦那の心が、壊れてしまいそうになるのだ。

私は、ひとりで抱え込むことの限界を知っている。死がまとわりつく苦しみも知っている。他人からは「些細なこと」とか「我慢が足りない」という言葉で簡単に片づけられてしまうことも知ってしまった。渦の中に引きづりこまれたら平常心ではいられないのだ。簡単に「わかるよ」とか「もっと大変な人もいるよ」と言われてしまう絶望感は、経験した人にしかわからないのかもしれない。

あのころの私はなんだったのだろうと退職してからもずっと悔やんでいた。でも今、夫が同じ目に遭わないように、自ら死に向かってしまわないように、そばで守ることはできるはずだ。

 この優しくて強い主人公の思いに胸を打たれた。ものすごく感動して、涙が止まらなかった。

 わたしも、渦の中にいた時期がある。

 自傷行為に走っていた時期は、今思うときっと壊れていたのだと思う。
 常に、自分がいなくなれば問題は解決するのだという妄想から離れられなかった。あまりにも自分が憎すぎて、自分を消してしまいたいと本気で思っていた。
 その結果、本当にたくさん、自分を傷つけた。

 消えてくれと願っても、あのときの記憶も傷跡も、どれも残っている。
   さらに、気を抜いてしまったら、再びこの渦の中に飲み込まれやしないかと、未だに不安にな気持ちに襲われる

 それでも、この主人公の姿を見て、こんな私だからこそ、心が壊れてしまっていた経験が自分の大切な人を支えることにつながる日が来るかもしれないと前向きな気持ちになれた。
 たくさん自分を傷つけたことも、未だに渦の中に飲み込まれそうになる不安も、すべて大切にしようと思うことができた。

そして、物語りの終わりに近づくと、この小説の中で、一番好きなシーンに出会う。

でも、私は目の前の人がさんざん考え、悩み抜いた末に出した決断を、そう生きようとした決意を、それは違うよなんて軽々しく言いたくはないのです

 今見えているだけが、その人の全てではない。見えない部分の方が多い。
 「普通」って何だろうと考えさせられる。
 見えていない部分の方が多いのに、「普通」に当てはめて、その人を理解した気になったり諭したりするなんて、互いに苦しいだけだ、と思う。

 もちろん間違っていると思うこともあるかもしれない。でも、当の本人が、悩み抜き出した答えであれば、その答えを否定せず、支えられるようになりたい

【総評】

 ぜひ、多くの人に読んでほしい作品。
 触れてはいけないような夫婦の性生活を中心に、家族とは何か、夫婦とは何か、普通とは何かを、考えさせられる。
 主人公の心が壊れてから復活するまでの道のりや、その経験を糧に夫を支える決意をする姿は、今を生きるのが苦しくて仕方ない人や心が壊れてしまいそうな人、そんな経験に苦しんでいる人に、ぜひとも見ていただきたいと思う。

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