11月19日(月)

寒い寒い。今日からオーバーを着る事にする。             自分のオーバーも古くさいし、弘兄さんのももちろん古くさい、いんきな感じだ。と云って貯金を下ろして買ふわけにも行かない。とすれば、古くさいのを我慢して着て歩るかねばならない。将来のために。         これも又止むを得ない。                       上下とも時間一杯で定時間で帰る。                  夜も寒い。こたつを整備して入らなければ、夜おきてゐるのに辛い。   明日も朝出だ。寒がつてはいられない。

娘からの注:                            弘兄さん、とは君代の兄、弘。太平洋戦争中にフィリピン、バコロド島で戦病死。享年…は何歳だったか、家の仏壇の引き出しの中に「戦死公報」がしまってあったはずなのだが、今探してみても見つからない。どこへ行ってしまったんだ。こうして古いものはみんななくなっていってしまうのか。

昭和43年に我が家を建て替えたときに、父が「古いものは用無しだ」といってずいぶん色々と処分した、と母から聞いた。祖父・兼作が警察官で付き合いが広かったせいか奇妙なものもあって、目に赤い宝石の入ったトカゲの剥製があったそうだ。その目が気持ち悪いと言って捨ててしまって残念なことをした、と何度も聞かされた。赤い宝石はガラス玉だったかもしれないが、今も残っていたら面白かっただろう。しかし古いものの失われてしまう早さをこの項を書いてつくづく思い知った。

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