10月10日(水)

乾板代ムで十二時に帰宅。君代は”お帰りなさい”と言った切り      何も云わないでねたつきりである。それが気に喰わぬ。         朝五時半に出て行つて、十二時に帰つた来たのだ。俺の身体が      どれだけ疲れてゐるかを少しでも考へたら、”疲れたでせう、       ガスの上にうどんの汁が乗つてゐるからーーー”             と一言位云へるはづである。義母も義母で俺がお茶を入れて持つていけば  アイ と返事したきり。何と言ふでもない。「俺の精神をなぐさめ 明日の活動の源泉となるもの」等、この家に何があるのだ。俺の心の中から、肉体の活動の源泉は如何にして生ずるのだ。俺が歯を食いしばつて心の苦痛やつまらなさや、いきどうりや、をたへしのんで、それを生ぜしめねばならない。俺の精神はやせる一方だ。豊な情操の人になぞ、なれようはづがない。                               俺は、愛情を求めてゐるのだ。然し、結婚以来君代や義母に真の愛情で接せられた覚えがない。君代は夫婦といふものゝ義利で、機械的に動いてゐるにすぎない。一体俺は何の為に存在するのか。この家の「苦力」でしかない。こうなればカメラや其の他自分でほしいと思ふ物、誰に相談もなく、一人で買つたつて。少しも良心にはじる所がないと思ふ。



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もにか/monika

昭和31年 片倉政幸の日記 (10月)

私の父が昭和31年に書いた日記をそのまま再録します。「昭和レトロ」とは無縁の、リアルな高度経済成長期の暮しの記録となれば幸いです。
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