9月23日(日)

昨日代務だつたから今朝はゆつくり出て行く。             マシンの調子が良く、楽な長勤であつた。ブドウを皆で食べたがこの前ほど美味くなかつた。                          六号スキームで九時まで居残りして夜空の星をながめて家に帰る。政美がねむらないと云つて君代は風呂に行く。一昨日は八時まで居残り昨日は代ム。今日は九時まで居残り。心身共に疲れて帰つても、義母は疲れたゞらうと只の一言も今まで云つてくれた事もない 食卓の上は、何とヤキソバとたべのこしたおかづ。俺がこれほど働らいてもーーー 俺の疲れをなほそう等とは、爪のあかほども思つていない義母だ。自分の生んだ子ならそうではあるまい。”疲れたろうから早くねろ”位言へそうなものだ。二合入りのビールの一本でも出してくれたらと情けなく想ふ。

東京の連中が来たらしい。一日ワイワイさわぎ立てゝ政美もねむれなかつたらう。可愛そうに。そう、時々来なくてもよいのに、Hまでごそろいででかけて来るが夜出の初日だと全く困つてしまふ。

娘からの注:                            19日の休み明けからずっと不機嫌が続いている。連日の残業・代務・代務・残業とハードな勤務で体がしんどいせいもあるのだろうが、毎日この調子だと家族はつらい。怒りの不発弾のような状態の父にはうっかりしたことも言えない。失敗したワンタン、にくさったウドン、ヤキソバと母の下手くそな料理が連続したことも理由のひとつか。あらゆることが父の気に障る。なんとかならないのか…とキーボードを打ちながらやるせない気分になる。

                             

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もにか/monika

昭和31年 片倉政幸の日記 (9月)

私の父が昭和31年に書いた日記をそのまま再録します。「昭和レトロ」とは無縁の、リアルな高度経済成長期の暮しの記録となれば幸いです。
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