9月28日(金)

颱風一過。よい快晴で風もすがすがしい。               カメラを返さねばならないのでフイルム後六枚残つてゐるのを撮ってしまふため、花見橋の方に行つてよいバツクを選びーー            どれかよいのが五六枚あつてほしい。                 人のカメラではこわしてもわるいし                  コンデシヨンがわからないし。やはり自分で一ツほしい。がこれも又仲々である。                               ほしい物一ツ々々 計画的に買ふ事だが、               今では、まだ、どうにもならない。                  勤続十年になつたら、少しはよくなるだらう。             賃上げと昇給と、ボーナスの値上と居残時間を最大限にやる事よりない。

娘からの注:                            欲しいものはいろいろあれど、冷蔵庫・洗濯機・炊飯器・テレビよりもまずカメラ。生活必需品よりも文化的な香りが欲しかったのか。この時代の人たちの「カメラ」に対する憧れは、現代の、特に若い人達からは想像もつかないくらい強かったと思う。安くはないフィルムの残り枚数を気にしながら1枚いちまい大切に撮影して、写真屋さんにプリントに出して、「うまく写っているかどうか」を心配しながら仕上がりを待つ。シャッターを押してから現物の写真を見るまで一週間はかかる、気の長い話だった。スマホでカシャカシャいくらでも撮り放題、画像を加工して一瞬でネットにupする時代とは一枚の写真の持つ価値も意味も違う。アルバムの中の古ぼけた写真が愛おしいのは、平凡な近所の景色や家族のスナップといっしょに「その写真を撮って出来上がった絵を家族で見るまで」の時間と手間も愛した、古い人たちの気持ちも写り込んでいるからではないだろうか。

20枚撮りのフィルムが24枚撮りに増える、この欽ちゃんのCMのころからフィルム代を気にせず誰でもバシバシ写せるようになった感がある。フィルムを買うのも現像・プリントもわざわざ「カメラ店」へ行って頼んでいた。昭和の終わり頃にはDPE受付はスーパーや文具店、初期のコンビニでも扱うようになるが、私が子供だった昭和40年代にはまだフィルム販売とプリントだけで、街のカメラ屋の商売が成り立っていたのかと思うと隔世の感がある。最近はフィルムが製造中止になり現像してくれる店もなくなって、カメラマニアがフィルムカメラで写真を撮るときは「シャッター一回押すと¥200…」と懐具合を心配しながら撮影するらしい。なんだか時代が一回りしたような話で面白い。        



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