Digitalと生命

水の、川の流れる音が聞こえる
それは体内を巡る血液
人ごみを泳ぐ熱帯魚

時計の、針の音が聞こえる
それは太古に奏でられたリズム
心臓の鼓動
8ビートのリズム

映像(イメージ)は確固たる一つではなく
貼り合わされた無数の集積
現れては消え、絶えず移り変わって
その姿をとどめない
あるいは、水に近いのかもしれない

右から左から、南西から北北東から
行き交う人々
別々のところからやってきて、別々の方向へ向かう
ほとんどの運命が一瞬だけ交わって終わる

ポケットにカバンに耳元に
それぞれのお気に入りのミュージック
それなのに何故だろう?
地下道はいつも
共犯的なリズムが刻まれている

地中に張り巡らされたシナプス
詰め込まれ、供給される個体
全てが全体を構成するピース
そこいらを飛び交うメッセージ

僕らはデジタルの海を泳ぐ熱帯魚
情報は実体をもたず
コミュニケーションすら姿を現さない
虚構が現実を塗り替え
街はすごい早さで移り変わっている

だけど僕らの体はリズムを刻み続ける
それは生まれた時から、太古から
連綿と受継がれるリズム

時がくればアラートが知らせてくれる
その気になれば宇宙からだって
僕ら個体を識別できる
だけど何者も
この内なる衝動を探ることはできない

腕をかっ切れば、ノドに手をつっ込めば
そこからこぼれ落ちるのは
ピクセルの粒のように思えるだろう?
だけど実際目にするのは
赤くしたたる血液、青く蠢く心臓

天気予報の精度は上がり
遺伝的特性とか職業的適正とか
色々なモノがどんどん数値に置きかわっていく

だけど僕らはいとも簡単に間違ってしまう
叶わない相手に恋をしたり
ありふれた作り話に涙したりする

医学は個人の寿命を割と簡単に言い当ててしまうだろう
だけど、明日僕がどこにいて
誰と体温を分かち合っているのかは
誰も教えてくれない

昨日まで生命は時計の針みたいなものだった
カチカチと正しく刻んで、万事順調
知らぬ間に歩を進め、一周すればまた元通り

だけど今日、生命はまるで違うものだ
体は絶えず生命の徴(vital sign)を刻み
内側から頻繁にメッセージを発している

あなたの存在が内なる徴候を気付かせる
目の前の現実が
飛び交うイメージとミュージックと混ざり合って
ものすごい早さで組み変わっていく

サインはずっと届いていたんだ
だけど、あまりにも多くのものに目を奪われて
自分自身のことにはあまりにも無知だった

今なら一つ一つの細胞が躍動しているのが分かる
体は一個の生命体だと、感じることができる

世界は途端に何もかも
計画通りには進まなくなってしまった
調和は崩れ、呼吸は乱れる
それでも体はリズムを刻み
乱高下を繰り返し
奥底から声を上げ続ける

紙束のビルの海底で
電子の泡(あぶく)が涌き上る
色とりどりの画面(エクラン)にはっと心が踊り
微風が頬を
デジタルとVitalを心地よくくすぐる

放送(アノンス)の音に呼び覚まされ
ホームで電車を待っている

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