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冬、童貞、穴、穴、穴。(Part 2)

(前回のつづきです)

その事件が起こる三か月前のことだ。下校途中、O君は自慢げに僕にこう言った。

「いい商売を始めたんだ」

O君は三人兄弟の長男で、小学生の弟と妹、そして両親の五人暮らしだった。家庭はあまり裕福といえるものではなかったようで、彼の月の小遣いは同級生のそれよりもだいぶ少なかったらしい。親に賃上げ交渉をすることも考えたことがあったようだが、むやみに母を刺激しない方が良いということを、彼は彼女との15年間の付き合いで理解していた。
というのも、同級生の間でも有名だったのだが、彼のお母さんは怒らせると非常に恐かったのだ。Kさんの話によれば、元ヤン上がりの彼の母の怒鳴り声は三件隣に住む自分の家まで聞こえるほどだったという(「O君兄弟が毎晩お母さんを怒らせるから、うちの五歳の弟が汚い言葉を覚えた」)。

「また母ちゃん怒らせるようなことしてんのか?」
「バレないバレない! なにせ商売はここでやるんだからな。ほら、これさ!」
O君は鞄を開いて、中の商品を僕に見せた。
「おいおい……マジかよ」

彼の始めた新事業とはこうだ。

まずは依頼主から欲しい商品の銘柄を聞き、それをコンビニや自動販売機で商品を仕入れる。と言っても商品はタバコや酒ではない。成人向け雑誌、つまりエロ本だ。
当時は今よりも規制がゆるく、店側も明らかな子供でなければ、レジで年齢確認を求められるなく、見て見ぬフリで売ってしまうことも多かったのだ。大人っぽい顔つきでガタイの良いO君であれば、コンビニでも特にお咎めなく成人向け雑誌を買うことが出来てしまったのだ。
そうして仕入れたエロ本を、直接買えない又は買う勇気のない同級生や後輩の依頼主に三割増しの値段で卸すという寸法。つまり闇のエロ本ブローカーというわけだ。なるほど。中学生の童貞男子にとってエロ本とはダ・ヴィンチの名画を凌ぐお宝といってよい(裸婦画であれば議論の必要あり)。ノーリスクで手に入るのであれば、少し値が張っても構わないと思う童貞はたくさんいるとO君は踏んだのだ。

「モノレスも欲しかったらいつでも言ってくれよな!」

かくてO君の読みは当たった。彼のエロ本代行購入サービスはクチコミで広がり、数週間後には数名の常連客を持つまでになっていった。そうして資金力を高めた彼は事業をさらに発展、お値打ち品として古本屋で手に入れたエロ本をも在庫として持つようになったのだ。

ところがある日のこと、事態は一変する。
帰宅したO君の部屋に母親がやってきたのだ。ふとその手を見ると、そこには一冊のエロ本。どうやら一冊だけ仕舞い忘れた本を弟が発見したらしい。これはマズいと、O君は母の顔を見たが、どうも怒っている雰囲気でもなさそうだ。
「……そういう物を読むのを悪いとは言わないけど、せめて下の子の見えないところに隠しなさい」
母親はそれだけ告げて部屋を出て行ったという。普段は鬼の形相で怒鳴りつける彼女も、問題が思春期の息子の性生活となればいつもの調子とはいかなかったのかと思うと可笑しくも感じるが、O君本人は頭を抱えた。
なぜなら「隠しなさい」と言われても、その隠し場所たる机の中はその日仕入れたエロ本でパンパンだったのだ。もはや彼のビジネスは在庫倉庫を必要とする規模にまで拡大していたのである。

せっかく仕事は軌道に乗っているのに……どうする……。

ふと顔を上げた彼の目の前に広がっていたのは、窓の向こうの防風林だった。

(ごめんなさい! もう少しつづきます)

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