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髪を手入れする余裕を持って

とても美しいロングの黒髪の、先輩がいた。

濡れたようなツヤ、指通りのいいなめらかさ。射干玉の髪というのは、こういう人の髪を言うんだろうな、と思っていた。

あまりにも素敵だったので、質問したことがある。

「先輩って、すごく髪がキレイですよね。シャンプーどこの使ってるんですか?」

今思うと、すごく子供っぽい質問だった。クラスメイトが持っていた、可愛い消しゴムをどこで買ったのか、みたいな響き。

先輩はにっこり笑って、市販の安価なシャンプーの名前を口にした。

私もそのシャンプーは使ったことがあったけど、そんな風にキレイになったことがない。思わず顔をしかめてぼやいてしまった。

「同じシャンプー使っても、私はそんな風にキレイになりませんよ。やっぱり髪質の違いかなあ。いいなあ、うらやましいです」

先輩は片眉を上げて、答えてくれた。

「確かに、髪質もあるかもね。人の体は千差万別、十人十色。私たちが普段アドバイスを差し上げているお客様たちも、1人として全く同じ悩みや肌状態を抱えているわけではないし。でも、私の髪は、遺伝や体質だけじゃないよ」

「え?」

続きを促すように疑問符を飛ばすと、先輩は自慢げに言った。

「出かけるときは、髪にも日焼け止めをスプレーしてる。シャンプーするときは、髪を傷めないように、頭皮だけを優しく洗う。お風呂から上がったら、トリートメントを塗って、すぐにドライヤー。濡れたまま放ったらかしなんて、もってのほかだからね。ドライヤーの熱が強すぎないように、なるべく離して使う。週に一回はヘアマスクもするよ。そういうことを気を付けて手入れをしているから、髪を褒めるなら、私の努力を褒めてよね」

私は私の想像力の無さを恨んだ。先輩が努力して手に入れている「キレイ」を、安易に天性のものだと思ってしまった。

すみません、と謝る私に、先輩は手を振った。

「私も意地悪を言ってごめんね。でも、髪って手を抜きがちになるでしょう? 私も毎日あれこれ手入れをするのは無理。サボるときもある」

「はい。正直、先輩すごいなあ、面倒くさそうだし、私は絶対無理、って思いました」

先輩はちょっと悪戯っぽく笑った。

「面倒だよね。仕事や生活で忙しくて、髪洗うのもしんどいなってときもある。だからこそ、後回しにしがちな髪の手入れをするくらいの、ゆとりを持って暮らさなきゃ駄目だよ」

「ゆとり、ですか?」

「そう。目の回るような忙しさで一分一秒が惜しいときもあるし、少しでも時間ができたら『やったあ! 今日は寝るまでドラマ観よう!』ってやりがちだけど、毎日それじゃ疲れちゃうでしょ。面倒な髪の手入れをのんびりできるくらいの、余裕を持って生きなきゃね」

髪を手入れする余裕を持って暮らす。

それが心も体もキレイに保つコツなのだと、先輩は教えてくれた。

髪の手入れが面倒なことに変わりはないけど、先輩のその心持ちは何だか気に入った。


以来、忙しくて目が回りそうな時期ほど、ちょっとゆっくり髪の手入れをするように気を付けている。

残念ながら、先輩ほどの努力には追いつけないし、やっぱりちょっぴり髪質の違いもあると思うので、先輩ほど美しい髪にはなれないのだけど。


黒河けーこ


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