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着物にまつわる、ちょっといい話。

「着物警察」なんて単語がネットを飛び交って、しばらく経つ。

年配の方がみんな、着物を着ている若い人に物申したいように捉えられた話も聞いた。

誰かからの心無い言葉や、冷徹な態度は、印象に残りやすい。ネットでもそういうものが拡散されやすい。

だからちょっと、着物にまつわる嬉しかった話、ここでさせてください。

着物警察なんて、一部だけだよ。優しい年配の着物好きな方は、いっぱいいるよ。


先日、地元で珍しく着物市が開催された。

私の地元はなかなか着物屋さんが無い。大抵が、卒業式や成人式用の貸衣装屋で、着付け教室すら無い。

そんな中で、今年から始まった試みとして、ひっそりと着物市が催された。とある貸衣装屋さん1店舗がしてくださっただけなので、当日限定特別セールという感じだけど、それはもう嬉しかった。

楽しみすぎて開店30分以上前から待っていたら、同じ着物市目当てらしいご年配の女性が訊ねてきた。

「もう10時になるかしら?」
「いえ、10時まであと30分くらいありますよ。私、楽しみで早く着きすぎてしまって」
「私もなの。あと30分が長いわよね」

とても優しい雰囲気の女性と、待っている間に色々話をした。

「何を買いにきたの?」
「着物を始めたばかりなので、練習用に安く着物を……。単衣をひとつも持っていないので、これからの時期に備えたくて。あとは、帯と帯締めと、小物を色々そろえたいんですけど」
「小物はいくつあっても困らないものね。私の娘時代のものが残っていたら、譲ってあげたのだけど、全部使ってしまって」
「お子様に譲られたとかですか?」
「いいえ、私着物のリメイクが好きなのよ」

言われてみると、鞄やお洋服は独特な和柄ばかりで、とってもオシャレな出で立ちだった。私は膝を打って、女性に訊ねた。

「お上手ですね! 全部お手製なんですか?」
「そうなの、私の腕は褒めてくれなくていいから、この素敵な柄を是非見てあげて。染め職人さんたちの技術の結晶だわ」
「あなたのリメイクの技術と、職人さんの技術と、両方そろってこそですよ。素敵な御召し物ですね。今日はもしかして、素材になりそうなリサイクル着物をお探しに?」
「そうなの。この着物市、前回が初回だったでしょ。あのとき、反物も扱ってくれてたから。あなたも、自分のを仕立てる用に買って帰るといいわよ」

さすがに初心者なので、まだ反物から仕立てるのはハードルが高い……と苦笑いしながら話したら、女性は少し離れた場所を示して教えてくれた。

「この街は着物屋さんが少ないけど、古物店なんかがたまにリサイクル着物や小物を売ってくれるの。あそこに見える骨董屋さん、定期的に着物市をしてるわよ。新聞やニュースに載せてくれないんだけどね。次はGWだったはず。鞄や草履、帯締めなんかもいっぱいあって、夕方には値下がりするから、初心者さんは行って損はないと思う。時間が合えば、是非行ってみて」

学生時代からよく通っていた道だったので、驚いた。着物市なんて、いつやってたんだろう?

大々的に告知をしないとのことだったので、教えてもらわなかったら、一生知らなかったかもしれない。

他にも、開店待ちの間に、この道に植わっている木は「なんじゃもんじゃ」という名前なのだとか、昔はここの二階に着物屋さんがあったとか、色々と教えて頂いた。


お店が開いたあとは、各々欲しいものを探しにバラバラにうろついた。

開店直後は人でごった返していたし、私は店で着物を探すのが生まれて初めてだったので、非常に苦労した。

床すれすれに裾が当たるようにして、自分の身長くらい身丈があれば長さは大丈夫だとわかるけど、実際に羽織ってみないと裄(袖の長さ)がわからない。

柄が可愛い! と思って手に取って、身丈が大丈夫そうなら、とりあえず確保。数枚確保したら、全身鏡の前が空くのを待って、鏡の前で羽織ってみる。裄や諸々確認して、虫食いやシミが大丈夫か観察してから、全部クリアしていれば買い物かごへ、買わないのなら畳む、といった手順。この手順も、買い物しながら、周りの皆さんの所作を見ながら真似て覚えた。結構大変だった。

私が手間取っていることを察した周りの買い物客の皆さんは、とてもフレンドリーに話しかけてくれた。

「あら、いい柄持ってきたねえ。似合う、似合う」
「でもちょっと裄が足りなくて……」
「着てみて裄が足りないの寂しいよねぇ。何なら、買い物のときはメジャー持ってくると楽だよ。自分の体の長さ先に測っておいてさ」
「あ! そういえば、買い物のときはメジャー持って行けって、着付けの本に書いてました!」
「あっはっは! 最近の着付けの本は、買い物の仕方まで載せてくれてんの? すごいねえ」

「それ、いいよねえ。私もさっき見てたの」
「本当に。すっごくキレイですね。ただ、シミがすごい……」
「シミだけならいいんだけど、すごいカビの匂いするよね」
「カビ?! カビって匂いするんですか?!」
「私も最近覚えたところなんだけどね。その着物、すごいカビの匂いする。クリーニングに出してどうにかなるならいいけど……。他の着物に広がったらと思うと、ちょっとね。あなたも、気になるならやめた方がいいかもしれないよ」

会話形式で書くと、私が買い物を邪魔されているように見える箇所もあるけど、彼女たちは100パーセント善意で話しかけてくれた。断言できる。

そして散々吟味した宝の山を持ってレジに向かうと、同じくレジに並んだ方が声を掛けてくれた。

「いっぱい買ったねぇ!」
「はい、着るのが楽しみです!」
「私も楽しみ!」

まるで学生時代にでも戻った気分だ。先輩たちの真似をして、同じお店に並んで。いや、実際学生時代に先輩とそんな仲良くしてたわけではないけど、それはそれとして。


お店を出たら、私に色々教えてくださった方が、大きいエコバッグを抱えて去っていくところが見えた。

帰りにコンビニに寄ったら、年配の店員さんに「キレイなお着物ね」と褒めてもらった。

私が出会ったのは、フレンドリーでお節介な着物好きさんばかりだった。

着物警察なんてセンセーショナルな言葉やエピソードだけじゃなくて、こういう話も広まって、着物に興味を持ってくれる人が増えたらいいのに。

悪い話や怖い噂ばかりが先立つのは仕方のないことだけど、同好の士が悪い人ばかりだと思わないでほしい。

二の足踏んでる人は、是非気軽に着物を始めてみてください。

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