お葬式にも「早割」があるんだ!?
屋台村が出るというのだけれど、まったく想像できなかったので葬祭ホールの「グランドオープン」を見にいきました。
聞く人=朝山実
懇意にしている関西の葬儀屋さんが新しく葬祭会館をオープンさせるというので、帰省をかねて覗きに行ってみた。「グランドオープン」にあたって、イベントをするのだという。
イベントって……(?)
「お披露目をかねて、当日は朝から屋台を出したりしますので、よかったら」
お葬式の会館に、なぜ屋台? たこ焼とか焼きそばとかそういうの?
電話で尋ねると、フランクフルトは会社のスタッフが、うどんは仕出屋さんが来て、無料で提供するという。「ほかにも無料ではないですが、とれたての八百屋さんの出店もあります」という。葬儀会館の「グランドオープン」という金ぴかな響きに屋台、なんかヘン(笑)。
「まあ、そうですよね。いまは葬儀も待っているだけではダメなんで、イベントを打つのがふつうになってきているんですよね。でも、ヘンだと言われたらヘンかもしれませんね」
と、4軒めのホールをオープンさせた「あゆみセレモニー」代表の水野昭仁さん。
彼と知り合ったのは父の葬儀のときだった。水野さんは霊柩車を運転されていて、密室恐怖症のわたしは、どうして霊柩車の運転手になったんですか? などと乗車中に質問したのが縁で、その後、彼は独立して小さいながらも京阪神で葬儀社を設立したという経歴だ。
髪を五厘刈りにしていて、見た目はイカツイ元ヤンキーふう、葬儀の仕事は天職と思うようになったという。
その髪型どうにかならないの?
会うたびに言うのだが、
「お客さんにもよく言われます。ちょっとコワかったって」と笑って、いっこうに変えるつもりはないらしい。「話してみるとミズノさんって、優しいんですよね」と言われるギャップを本人は楽しんでいるようだ。
駐車場で最期のお別れをするの?
「この数年、ホールがかなり増えていているんですよ。どこも家族葬が中心で、お客さんも、家の近くの会館を借りてやるようになっています。そうなると、日ごろから認知されているというのが重要で、あそこにあったなあ、とすぐに思い出してもらえるかどうかなんですよね」
そうでなくとも近年、低価格と明朗会計のインターネットの葬儀社紹介サイトの勢いはめざましい。水野さんの葬儀社も、紹介サイトに登録していて、ネット経由で受注する割合は大きい。
しかし、ネットの紹介は痛し痒し。低価格な上に、手数料として何割かをもっていかれる「薄利多売」状態にある。それでも、加わらなれば顧客は競合他社に流れていくことになるという。
「ネットで35万円の家族葬を頼まれるんであれば、直接頼んでもらったほうが、同じ価格でも、お花を豪華にさせてもらうサービスが付くので、お客さんにとってもお得なんですけどねぇ…」
団塊の世代の高齢化とともに、葬儀の需要は増している。と、ともに異業種からの新規参入もあり、お葬式業界は群雄割拠状態。事前相談やホール見学が一般化する時代に入った。競合相手が増えたぶん、アイデアをひねり出さないと生き残っていけないという。
「試しにネットで、“葬儀ホール”、“イベント”、“チラシ”で検索してみてください。いっぱい画像が出てきますから。大手でお金があるところは、マジックショーだとかお笑い芸人やタレントさんを呼んだりするんですよ。
イベントの企画で、イチバンお客さんが来られるのは“抽選会”。北海道旅行とかテレビが景品についたりすると、朝からものすごい行列ができますから」
お葬式のホールの前に長蛇の行列?
それって誰でも抽選に参加できるの?
「いちおう抽選会は、ウチの場合、会員になってもらうんですけど。一般会員が3千円、ゴールド会員は1万円。イベント当日は半額で、会員になっていただけると、お葬式をされる際に割引価格になります。年会費といったものは不要なので、僕が言うのもなんですが、かなりお得です。さらに今回はお米を2㌔プレゼントです」
すぐにネット検索をしてみると、出てくる出てくる。チラシの賑やかなこと。昔、わたしがイベント会社に勤めていたときに作っていた、アンパンマンや仮面ライダーショーなどの催しで家族連れを見込んだ住宅モデルルームのイベントチラシを思い出した。でも、わくわくする「夢のあるマイホーム」とはちがう。お葬式なんだよなぁ……。
イベントは5月の「友引」の日にやるという。365日24時間対応の業界にあって、現場にスタッフを集中できるのはこの日しかない。朝7時に準備をはじめ、9時にイベント開始。昼の1時までやっているという。
「本当にわざわざ東京から取材に来られるんですか?」
まったく新しいタイプの葬儀ホールだというので、物見遊山だと答えた。JRの最寄駅からバスに乗り、葬儀ホールのある会場に着いたのは午前10時前。バス停から数歩歩くとガードマンが立っている。何かと思ったら、大手葬儀社のホールが建っている。
交差点に立ち、きょろきょろしていると、目的の会館の看板が。目立つ大きさだ。
大手のホールとは、徒歩1分くらいしか離れていない。ファミリーマートの数件先にセブンイレブンが出店するようなものか。
「いまのところ競合はしないと思います。なぜ? それは、同じ家族葬をうたっていても、むこうは価格ランクが上。ウチが考えているのは、なるだけ金額を抑えたいお客さんが中心、直葬を考えている層なんですよね」
いまや「コンパクト葬」の時代?
ところで、水野さんが最近の葬儀の傾向として話してくれたのは、火葬場の駐車場で、お別れをするケースが増えている。簡略化された「直葬(火葬式ともいう)」になると、お通夜も告別式も行わず、ご遺体を火葬場に搬送。火葬場では、駐車場の片隅で霊柩車を囲んで、故人さんとお別れする現象がみかけられる。
数人ならまだしも、これが10人、20人となることもめずらしくない。さらに一日10数件あるうちの三分の一が駐車場でお別れするようにもなると、火葬場としても対策が必要となり、規制がかかるようになったという。
「今年になって複数の市の火葬場から、指示とまではいかない、まだやんわりとですが、やめてほしいという申し出がありました。
お客さんは、お葬式にかかるお金を抑えたい。それで、駐車場の隅っこで、あわただしく故人さんとお別れするということになる。それじたいがあまりに切ないことですが、そういうことも今後はできなくなっていく」
金額を抑えたい顧客ニーズに応えながら、お弔いの質を保つにはどうしたらいいか。水野さんなりにこの数年、考えてきた結果が「コンパクト葬のためのホール」だという。
「これしかないんじゃないか。駐車場で、こそこそとお別れをするんではなく、料金を抑え、部屋で落ち着いてお別れをしてもらう。それで会社としてもやっていけるものとなると」
もともとは中華飯店だった二階建ての建物をリフォームした屋内に、全6室。差し出されたパンフレットには、火葬時刻の2時間前に小部屋(約15畳。10人ほどがイスに着席可)でお別れをする「火葬式(直葬)」プランが約16万円。ゴールド会員だと「早割」価格で2万円引きの14万円、さらに2万円相当の切り花が付くという。
👆ホールを案内していただいた水野さん
パンフレットの「早割」の文字が妙に目についた。航空券の予約みたいだ。
「プランによっては、お通夜、告別式はなしですが、火葬の前日からご家族が一晩付き添いできるもの。祭壇を設けて告別式を行う『一日葬プラン』や、お通夜も行う『家族葬プラン』もありますし、金額的にもっと安いプランもあります。会員価格の早割で、花束と枕飾りが付いて86400円。税込みです」
10万円を切る激安プランには霊柩車の使用はもちろん、火葬場の使用料金も含んでいる。葬儀のお金が工面できず、親が死んだのを隠して遺体と暮らしていたという話が脳裏に浮かんだ。市役所に相談すれば生活に困窮している場合、火葬に要するお金は出してもらえるということを知らないひとが多いこともあるのだろうが。
「8万円の直葬プランは、ご遺体を納棺し、会館の冷安庫で火葬時刻まで預からしていただきます。ただ、このプランだと、故人さんのお顔を見られるのは病院が最期。駐車場でお別れするというのがこの地域だけのことなのかどうかわかりませんが、さっき言ったような事情から、火葬場でお別れをするというのは難しくなくなってきています」
直葬でお坊さんに来てもらうケースはあるが、火葬場の炉前で読経してもらう時間はわずかに5~10分くらい。火葬場によっては、部屋を設けているところもあるが有料であったり利用するにあたって時間制限があるなどして、「駐車場でちょっと」となるらしい。
最も費用を抑えたプランと、部屋でお別れができるプラン(祭壇はないが白木の位牌などがつく)との差額は、おおよそ5万円。単純に個室の使用料金として考えると微妙な金額だが、建築に要した先行投資の回収や運営コストなどを勘案するとギリギリ考え抜かれた設定のようだ。
会館の中には小部屋が5室、30人ほどが入れる大部屋が1室。部屋ごとに葬儀社の担当はつくが、ホール全体を管理するのは玄関脇の受付になる。スリム化させて、人件費の削減にもなるカラオケルーム方式のシステム。最期のひと時を遺族が安寧に過ごすことに重点がおかれ、入室してもらったあとはスタッフが席を外す。利用者のセルフ形式で運営していくという。
自宅葬の需要
ホール内を見学させてもらっている間に、ご年配の女性から相談を受けられている場面に遭遇した。
「数日中にそうなるかも知れないという話だったんですが、ご自宅で葬儀をしたいというご要望でした。大きな葬儀社に相談に行ったんだけども、自宅ではできないと言われたそうです」
いまはホールを借りての葬儀が多いとはいえ、どうして大手の葬儀社は自宅での葬儀の要望を断ったのだろう。
「はっきり言えば、めんどうなんですよね、自宅で葬儀をするというのは。
まず、祭壇を運び入れて設営するとなると、そのぶんのスタッフが必要になります。お客さんからすると、ホールを使わないんだから安くなるだろうと考えられがちなんですが、むしろ逆。いろいろ準備する手間だとか、人件費を考えると割高になることが多い。でも、なかなか理解が得られなかったりするんですよね」
水野さんいわく、昔のお葬式が高くついたのは、自宅でする場合、周囲に鯨幕を張ったり、祭壇をつくったりといった会場の設営に何人もの職人の手がかかっていたこともある。大手の葬儀社が、葬祭ホールを積極的に展開していく背景には、道具をもって出かけていくよりも来てもらうほうが手間は省け、利幅が増すという読みもあったからだろう。
「年間で見たら、件数は多くないですが、ウチは依頼があれば自宅葬もやっています。多少割高にはなりますが、お客さんに要望に合わせて、そこをどうしたら抑えられるか調整しながら。小さな葬儀屋は、考えを柔軟にやっていかないと生き残れませんから。先ほどのお客さんも、おそらくそうなったときにはウチに頼んで来られると思います」
穏やかにして自信ある口ぶりだった。
そうそう。肝心のイベントだが、奥まった駐車場の一角に紅白の幕とテントが張られていた。フランクフルト、うどん、お買い得小玉スイカ300円(これは買いました。甘くて美味でした)と札を立てた野菜の特売所。立ち動くスタッフさんたち、晴れやかな半被姿なのだが、なんかヘンだなぁと思ったら、ネクタイの色が黒いのだ。
「そうなんですよ。葬儀会館なのに、きょうは祝いごとなんで、幕も紅白ですし。やっぱりヘンはヘンですよね。でも、やっているとマヒしてくるんでしょうね。
こういうイベントをやるようになったのは、ここ4、5年のことかなぁ。ホールの見学や葬儀の事前相談会をするとお客さんがやってこられるようになってからですね」
シンミリしたムードは、ここにはない。遠くからでも目にとまる「看板」がなければ、外観はそれとわかる建物でもない。周囲への配慮も関係しているのだろう。矛盾するようだが、看板が一際目立っていた。
最後に、ご遺体を安置する冷安庫を見せてもらった。
ぴっかぴかのステンレス。扉を開くと、上下二段にそれぞれ棺のまま安置できるようになっている。
火葬場の炉数が限られている都心では「遺体ホテル」と呼ばれ、火葬まで数日待ちのご遺体を保管する施設の建設が一時話題にもなった。地域住民の反対運動もあり、そうしたホテル形式は浸透せず、葬儀ホールに併設される形のものが増える傾向にあるようだ。
写真を撮ろうとカメラを向けると、鏡のように自分の姿が映りこんでしまう。間近で目にするまでは忌避するイメージをもっていたが、火葬場に行くまでの間、自分が入ることを脳裏でシュミレーションする。無機質ながらも、そんなに悪いものではないと思えた。
自分のお葬式は、ここでもいいか。リーズナブルで小奇麗だし。
いやいやカプセルホテルでは一睡もできなかったじゃないか。ここはやはり2時間のお別れのあるほうが無難ではないか。お花を豪華にしても20万円もあればお釣りがくる。
あれこれ思案してみるが、そもそも、そのときには誰がお葬式をやってくれるのだろうか? ひとはやって来るのか。ひとり身ならばの問題はある。
【👇特別付録のバイト漫画】
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