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禁酒、禁煙草、禁セックス

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林さんが書いた新しい小説が上梓されました。ぜひお読みください。


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今年最初の「ワイングラスのむこう側」は、林伸次さんが生業とする「お酒」の話です。社会の変化によって、人の考え方も変わります。昔は平気だったものが、今は嫌われたりもします。それが禁止されることで、社会はよくなっていくのでしょうか?

昔は「告白」なんてしなかった

いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。

先日、NHKの朝の連続ドラマ『ブギウギ』を見ていたら、主人公の女性が男性から「僕と交際してください」って告白されていたんですね。そのドラマは戦中でして、そんな時代に「交際してください。付き合ってください」って告白するなんてあり得ないと思ったんです。

「付き合ってください」って告白するのって、ここ最近の東アジアだけの文化なんですね。欧米圏では、デートを何回か重ねて、キスをしてセックスをして、それが何度か続けば、二人は恋人ということになって、他の人とはデートやセックスなんかはしないということが多いです。

日本もちょっと前までは、それと同じルールだったんです。僕は1969年生まれで、1980年代に10代、1990年代に20代を日本で過ごしましたが、「付き合ってください」って言ったことないし、「僕たち付き合ってるんだよね?」なんていう確認もしたことがなかったです。デートを重ねて、キスをしてセックスをすれば、それは「付き合っている」ということでした。

でも最近は、3回デートしたら「付き合ってください」って告白するか、デートとかキスとかどんどん進み始めたら、「俺たち付き合おうか」とか「私たち付き合ってるんだよね」とかって確認するのがスタンダードなんですよね。

これってどうしてなんだろう、どうして「付き合っている」という言葉によって、「契約」にするんだろうってずっと疑問だったのですが、ある女性に言われた話がとても腑に落ちました。どうやら女性にとって、「遊ばれたくない」「本気でお付き合いして欲しい」という自己防衛という面があるということです。

例えば、高志くんというすごくモテるイケメン男性がいて、絵里子さんという女性とたまにデートしてたまにセックスしているとしますよね。その高志くんが、他にも違う女性と会ってデートやセックスしていると発覚したとして、絵里子さんが、「高志! 違う女とセックスしてるでしょ」って怒ったら、高志くんは、「してるよ。だって絵里子とは付き合ってないから。絵里子はセフレだから」って言う危険性があるんです。

だから女性側の防衛手段として、「付き合っている」っていう契約の言葉が欲しいから、「付き合ってください」というような告白を必要としているわけです。

あるいは男性からの視点で考えると、男性のほうが相手の浮気に不寛容だと思うんですね。夫の浮気を許す妻がいても、妻の浮気を許さない夫のほうが多いと思います。だから、妻を束縛するために、「契約」を必要とするパターンも多そうです。

そしてもうひとつ、この「告白文化」が日本に定着した理由として、「僕たち付き合っている」と決まったら、キスとかセックスとかに進んでもいい、という「合意書、契約書」という側面があるんだとわかりました。

最近は「性的合意」という言葉が話題になります。なんとなくいい雰囲気だと思ってキスしてみたら、「そんなつもりはなかった」って訴えられることもあります。そういう意味でも、何回かデートして、お互いが相手を好ましいと感じたら、キスとかセックスとかをする前に「付き合ってください」って告白して、「付き合いましょう」って合意を得て、そしてその次に進んでいくのが合理的なのかもしれません

その時代の雰囲気を感じ取って、朝ドラでも登場人物に「交際してください」って言わせたんだと僕は思いました。

これが現代の禁酒法になる?

先日、厚生労働省が「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を発表しました。アルコールをとりすぎると身体に良くないよ、というものなのですが、僕はこれはついにやってきたなと思いました。

スターバックスが日本に上陸したとき、ほとんどの飲食店関係者が、「煙草が吸えない喫茶店が流行るわけない」って言っていました。喫茶店は煙草を吸う場所だから、煙草が吸えない喫茶店なんてあり得ないって、みんな思っていたんです。もちろん、スターバックスは定着したし、今、飲食店で煙草が吸えるって、もうすごく少ないですよね。

お酒もいつかそんな風になるんじゃないかなあって、バーを経営しながら感じているんですね。もちろん今でも煙草を楽しんでいる人が一定数いるように、お酒を楽しむ人ってこれからも残るとは思うのですが、「え? まだお酒飲んでるの?」みたいに言われる時代が来そうな気がしているんです。

今、マッチングアプリで出会う男女がすごく多いですが、最初のデートで女性はできるだけお酒は飲まないようにしているって聞いたことがあるし、すごく悪質な例で、女性がトイレに立っている間にグラスに薬を入れるような男性もいるから、グラスは飲み干してからトイレに行った方が良いっていうアドバイスもあるそうなんです。

酔った勢い、とか、ちゃんとした判断ができなくなって、みたいなことを避けるために、「できるだけお酒からは離れよう」っていう機運も、今すごく出ていると思うんですね。

僕はお酒は好きで、お酒のおかげでいろんな人たちと楽しく笑って話せた思い出がたくさんあるのですが、もしかしてそういうのも少しづつ減っていくのかなあって気もし始めています。

2024年はお酒に対する考え方が少しずつ変わっていく年になるかもしれません。あなたはお酒とはどうつきあいますか? それでは今年もよろしくお願いいたします。

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林伸次(はやし しんじ) 1969年生まれ。徳島県出身。1997年創業の渋谷のワインバー「bar bossa(バールボッサ)」店主。本連載の書籍化『ワイングラスのむこう側』『大人の条件』はじめ書籍多数。また『恋はいつもなにげなく始まってなにげなく終わる。』など、小説も執筆。

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