見出し画像

穴-1

 最近、よく風船を思い浮かべる。
 穴の空いた風船だ。
 途中から空けられた風船ではない。
 空気の詰まった風船に穴を空けると破裂してしまうし、僕が描いているイメージとは程遠い。
 どちらかと云えば、端から穴が空いていた不良品で、いくら空気を入れて浮かべようとしても、やがて穴から内容物が漏れて、萎んで地に落ちてしまう。
 どこか耳障りで滑稽な音を立て続け、やがて原型を留めない。
 あれに僕はよく似ている、と、最近思うのだ。
 自分の欲という欲を果たし、満たされたとしても、やがて飢えていく。
 いや、飢えるという言葉は正確ではない。
 何に飢えているのかさえも分からない虚無感に襲われ続けている。
 自販機の前で缶コーヒーを片手に、紫煙を手繰らせていても、空洞は反響しながら僕に何かを訴えかけてくる。
 もう夜も遅い時間帯。
 雪が舞い降りるような天気予報がしばしば流れていたが、結局霙になった。
 月明かりは見えないが、ぼんやりと街灯が足元を照らしている。
 一人ぼっちでこんな事を延々考えていると、より良くない方向へと走り出してしまいそうになる。
 濡れた作業着を乾かすタオルも無いので、何となく手で肩に付いた水滴を払う。
 冷えた身体を何とか濁った液体で潤すと、僕は家路へと着いた。
 足取りは重かった。
 誰が待っている訳でもない自宅は、ただ睡眠と炊事をする為の手段でしかなく、明らかにその場で今この抱えた隙間を埋めるような充填剤が存在する訳でも無かったからだ。
 耐震強度を満足にも満たしているとは言えない、僕の歳と同い年くらいのアパートの階段を駆け上がると、二階の端に僕の部屋はあった。
 当然のようにLED電球なぞ一つも備え付けていない、薄ぼんやりと照らす部屋の蛍光灯を点けると、六畳一間に鎮座するテーブルの前で横たわった。
 最早布団の代わりになっている長座布団は、体重をかけ過ぎた所為か、カーペットのように薄くなっている。
 最近身体中に痛みが走るのは、ここで睡眠を取っているからだと思うのだが、改善しようと気が中々起きず、このまま毎日のサイクルが回っている。
 そろそろ風呂に入って一息つかなければ、また朝が始まってしまう。
 僕は、特に希望も絶望も無いがらんどうのまま、重い腰を上げた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?