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屋台オブソロウ-2

 客足は疎らで、外に無造作に用意されている椅子とテーブルは空席が目立つ。
 今、椅子取りゲームを行なったらBGMだけが虚しく響き渡り、何も盛り上がりはしないだろう。
 店内……というか、車内は調理器具や食材がそれとなく積んである程度で、明かりも乏しいせいか、よく分からない。
 太陽光発電で動く、ちゃちな人形のおもちゃのようにキョロキョロと辺りを見渡していると、不意に耳元を擽られるような呼び掛けがあった。
「いらっしゃいませ……」
 一瞬、空耳かと思うほどのか細い声が、屋台の裏側から聴こえてきたかと思うと、フロントガラス、サイドガラスの二枚越しで少女がこの世に壊滅的被害が起こったような顔をして、此方を凝視していた。
 ひぃっ、という悲鳴を横隔膜まで飲み込みながら顔を痙攣らせていると、少女は唇の端をゆっくりと歪めてこう言った。
「……おひとり様ですか……?」
 それを笑顔と呼んでしまったら、脳味噌の皺は笑顔で一杯だね、スマイルハリケーンブレインだねという呼称が発明されてしまいそうな愛嬌を携えて、少女はじっくりと此方を伺った。
 異様な雰囲気とは裏腹に、身なりは薄汚いが前髪をキッチリ揃えたオカッパで、肩までかからない長さの黒髪、磨けば光るような容姿の少女は、夜の校舎の美術室がよく似合いそうな威圧感があり、近くに居るだけで脇汗がとめどなく滴りそうだった。
 俺は一度、充満した唾を一息に飲み込んでから、少女に恐る恐る問い掛けを試みた。
「一人だけど……ここ、座ってもいいかな……?」
「……どうぞ」
 表面の合成皮が裂け、中綿がはみ出しているパイプ椅子を指さすと、少女は一瞥くれて促した。
 体重を預けると、金切り音を上げて軋む椅子に座ると、何故だか途轍も無い孤独感に苛まれるような環境に居た堪れなくなり、テーブルの上に食事の目次は無いものかと目で追った。
 しかし濡れ布巾が申し訳なさそうに鎮座しているだけで、ラミネート加工されたモノも無ければ、標識も無い。
 よく見るとあまり清掃も行き届いてない所為か、他の客の食べカスがそこら中にこびりついていたりする。
 小虫が屯しないのが不思議なぐらいのダイニングに肘を付くのも躊躇したので、取り敢えずもう一度少女に声を掛ける事にした。
「あのぅ……」
「お呼びですか……?」
 いつのまにか背後を取られていたのに気付き、首がこむら返りしそうになる。
 イ行の母音を大音量で流すのを必死に食い止めると、油差しが上手くいかなくなったような顔を少女に向けて、素朴な疑問を投げ掛ける。
「あの、メニューは…」
「ああ……」
 少女は一言、思い出したように言って、虚ろな目線を車の方へ向け、小走りで取りに行く。
 戻ってきた時には、片手に黄ばんだパウチ用紙を握りしめ、俺に「どうぞ」と渡してきた。
 油だかなんの名残りなのか分からなかったが、ひどく粘着性のあるメニューを広げると、焼きそばとか目玉焼きとか、本当に軽食程度のありきたりなお品書きの中に、ラーメンがあったので、仕方なしにこれを選ぶ事にした。
「あの、これ、ラーメン」
「はい」
「一人前……」
「はい」
 二度ほど注文を確認してから、少女は俺に聞き返してきた。
「お客様……」
「はい?」
「ラーメンですが」
「はい」
「インスタントでよろしかったですか?」
「……え?」
「はい」
 当然至極というような表情を浮かべる少女に対し、俺は聞き間違えか何かだと思った。

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