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「彼ね、あたしのこと大好きなの」

29歳の冬、転職でアレな企業2連チャンを食らってしまってすっかり疲れて、「しばらく日雇いで責任のない仕事します」って宣言して日雇いバイトに行ってたときの話です。

2週間の期間限定で入ったのが、マラソンのコールセンターの仕事でした。
元々半年程度の契約で長期派遣のメンバーが居た現場なのですが、マラソンが近づいてくると問い合わせの電話も増えてくるので、短期の派遣メンバーが増員で投入されたんですね。

その現場に、長期の派遣で入っていたのがAさん。
短期派遣含めて8人程度のコールセンターのまとめ役をしている、パワフルな女性でした。
雰囲気はそのまんま、江上敬子さん。髪型は流石に違いますけど、顔の感じも体型も。
まーその、私も含めてふっくらしている(柔らかい言い方)女性って、ふっくらしている事自体にコンプレックスがあって、どことなく卑屈になりがちなんですが、この方、そのへんの意識が根本的に違いました。

とにかく明るい。そしてよく食べて、よくしゃべる。
お役所の現場ってゆる~い感じのところも結構あるんですが、ここはその例に漏れず、問い合わせが増えてくる時期までは比較的まったりしている方でした。
で、Aさん、たまにやってくる協賛しているテレビ局のお偉いさんとも大笑いしながら軽妙なトークをぶちかましつつ、手際よく仕事も片付けてマニュアルも作成しつつ、問い合わせが変化していく時期に合わせて「アレやっといたほうがいいんじゃない?」「これはこういう風にした方がいいわよね」っていう感じで周囲の人をガンガン動かして現場を回していく。
社会人になって何回か遭遇した「あ、この人なんというかそもそも人種が違う」って思う、格が違う感じの人とでもいいましょうか。その場に居たら自然に場の空気をコントロールしてしまう、しかもプラスの方向にガンガン空気を持っていく、っていう感じ。
そういう雰囲気でリーダーシップを取る人だけなら今までもいなかったわけじゃないんですが、全然無理をしないで本当にごくごく自然体でそれをやっちゃう人、私はこの時初めて遭遇しました。

で、色々な会社から派遣の人が集まるこういう現場って、ふとした瞬間に「なんで派遣やってるのか」って話になることもあるんですよね。

そこで私が「転職がうまく行かなくて今リハビリしてるんです」って漏らしたら、Aさん、大笑いしながら
「あー、よくあるよくある!」ってそれを何でもないことのように笑い飛ばしてくれたんです。

で、

「私もねー、前の派遣先でね、新人いびりがそりゃーすごいお局に当たっちゃったことがあってねー」

と続けられまして。
えっえっこんだけ仕事出来る人をいじめるとかそれどんな度胸あるお局だよって思いながら、私目を白黒させてたんですけどね。

続けて、Aさん、茶目っ気たっぷりな表情になって

「あんっまり腹がたったから、あたし、そこの仕事カンッペキにこなしてやったのよ!でね、『2ヶ月でこいつはこの会社に馴染んだな』って油断させたタイミングで、派遣の営業さんに「次回の更新どうします?」って聞かれた時に『はぁ?しませんよ?』って返事して、そいつら超慌てさせてやったの!!」

って続けた後、「あの時の表情はマジ見物だった!」って言ってニヤッと笑ったんですよね。

ぽかんとしている私に気がついているのかいないのか、Aさんは

「それからあたしは「社会保険がつくところ」っていう条件だけつけて、ずっとここみたいな期間限定の仕事を回してもらってるのよ。期間限定だったらさ、どんっなに腹立つ上司でも『あと○ヶ月!』って思えば耐えられるじゃない。友達とかは『やっぱり長く勤められるところがいい』って言ってるんだけどね〜。あたしそのタイプじゃないみたいでさぁ。あ、派遣会社はずっとここ(私が使っていたところとはちがうところでした)で、もう3年くらいやってるよ。ここの派遣、営業はちゃんと仕事してくれるから、結構おすすめよ〜」

と軽い調子で続けてくれました。

目から鱗を2,3枚はぎ落とされた気分になりましたね。

そっか、派遣って、ニュースだと「派遣切り」とか言われて立場の弱い労働者みたいに扱われてるけど、3ヶ月毎に『労働者側も』この会社がアリかナシかを判定していい立場にあるんだ。

仕事って長い間続けないと意味がない物だと思ってたけど、そもそも会社としがらみなんか全く無い派遣では、そういう義務って必ずしもあるものじゃないんだ。

だったら、33までの3年間(※派遣は続けても33までで、33になったら転勤がある総合職に戻ろう、結婚しないから手取りがいい所に行かないと自分が困るし…っていうのはこの時には決めていました)、一つの現場にいるんじゃなくて、社会見学だと思って色々な会社に行ってみてもいいんじゃない?

仕事に対する意識と捉え方が、ガツンと一気に変わった瞬間でした。
というか今これ書いてて思ったけど、この時まで私、多分最初の会社で植え付けられた「社畜マインド」が抜けてなかったんだな…。

で、冒頭の一言です。

女性が8人集まれば、時には恋愛の話になったりもするわけで。その時にAさんが旦那の写真(筋肉質なイケメンだった)を見せてくれながら言ったのが

「彼ね、あたしのこと大好きなの〜」

っていう、幸せそうな一言でした。

Aさん、確かに目鼻立ちのはっきりした顔立ちではありますが、体型は江上敬子さんです。
私も大概丸いですが、その私よりもさらに二回り以上丸かった。
でも、Aさんが「彼『が』私を大好きだ」と断言しているのは思い込みや勘違いからでないな。旦那さんは本当にAさんが大好きなんだろうな。そりゃそうか。この人の側に居たら楽しい人生を送れるの、確実だしな。ただ若くて細くて美人なだけの女性なら他にいくらでもいるけど、こんな人に会えるのって一生に一度あるかないかだもんな。旦那さん、捕まえるの頑張ったんだろうな〜。
って思わせる説得力が、その言葉にはありました。

美人でないと幸せになれない。
痩せていないと幸せな人生は送れない。
いい大学を出て、良い企業に入って、順風満帆な人生を送るのが幸せだ。

…ってことは、必ずしも無いんじゃないか?
幸せな人生を送るための秘訣って、案外、世間一般で言われている「幸せの条件」とは程遠い所に埋まってるんじゃないか?

そういう疑問を私の中に初めて芽生えさせてくれた(そしてそれが間違いでなかったと後々実感することになっていく)、Aさんの一言でした。

※「強烈に覚えている一言」というテーマで、ショートノートに2016年11月5日に投稿した記事です。

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