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あなたは私を思い出したか

いきものがかりの山下穂尊さんが、バンドを脱退するというニュースが飛び込んできた。

いきものがかりは、中学から高校時代を支えてくれたアーティスト。私が初めて「夢中」を知るきっかけを与えてくれた人たちだ。

メロディーや旋律はもちろん大好き。でも、私がいきものがかりにもらった最大の賜物は、音楽と風景が強く深く入り交じるあの不思議な浸透。悲しみも喜びも音楽を通せば”思い出”になるその変化の凄み。いきものがかりは、明らかに私を成長させた階段のような存在だった。

そして、いきものがかりは、私と父を繋ぐたったひとつの大きな橋のような存在でもあった。

私の家族は一人一人の折り合いが悪く、みんながそれぞれ違う場所で暮らしている。そんな悲しい結末が訪れる前もやはり常に険悪ではあったが、いきものがかりだけが当時の私と父を繋いでくれていた。 

父も、いきものがかりの大ファンだったのだ。

私よりも歌詞を深く読み込んでいたし、特に山下さんのギターの音と歌詞を強く好んでいた。

山下さんの書く歌詞は、すごく色やにおいがあり、情景が鮮やかに浮かんでくる。そして何よりも「孤独」を否定しない。喜びよりもむしろ「悲しみ」を尊ぶ姿勢が歌詞に通底している。

それは少し、祈りにも似ていて、抗うことのできない現実をおおらかに受容できるような力を孕んでいた。

きっと、たくさんの人が山下さんの歌詞に励まされていた。父もその一人だったのだろう。



山下穂尊さんのニュースを読んで、私は真っ先に父を思い出した。

まさか自分が一番に父を思い出すとは思わなかった。もう何年も前のことだから、忘れようとしていた。でも、大事な記憶はずっとその人の心に眠り続けると教えてくれたのは、山下さんが書いた歌詞だ。

一つ一つ零れゆく無数の涙は
花となり いつか僕らを潤してゆくのでしょう
閉じかけた胸のしじまに差し込む
一筋の光を連れて 家へと帰ろう
                      ―「明日へ向かう帰り道」

どんな景色を見てきたとしても、山下さんは、いきものがかりではなくなる。家族が家族で無くなるような感覚なのだろうか。たくさんの紆余曲折、喜怒哀楽、一ファンの己の想像をはるかに超えるような思いをそっと置いて、新しい道に進む決意をしたのだとおもう。

その道が、とても素晴らしいものであることを願いたい。


13年前の年の暮れ、アルバム「My song Your song」の発売記念イベントの時、山下さんと握手した瞬間を鮮明に覚えている。帰り道、「風のような人だね」と父に話したことを思い出した。 

期末テストを終えた足で向かった全国ツアーのコンサート会場。まだ持っていなかったデビューシングル「SAKURA」のCDを父に買ってもらった瞬間も想起された。あの一枚を、ずっと今も東京の部屋に大事にしまっている。


小田急線に入る日差し

暮れに漂う独特のかおり

神奈川県民ボールの地響き

山下公園の海の青色

「次は家族みんなで来ようね」と話した言葉
「うん、そうだね」と言う父の返事


どれだけ悲しくても、いつか今日が過去に変わる。そんなことを山下さんに教えてもらったから、私は、大好きな家族のもとから旅立てたのだ。


父は、山下さんのことをニュースで知っただろうか?そして、私のことを少しでも思い出しただろうか。

少なくとも、私は一番にお父さんを思い出したよ。

私の中にも本当に大事な記憶が眠っている。
最後に、その眠りから覚ましてくれて感謝しています。
山下穂尊さん、素晴らしい曲の数々を、本当にありがとうございました。




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