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それでもDJやります!~土佐鶴ラウンジ11.23~その1

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中学3年の時、ある女の子と付き合っているんじゃないか、とか、ちょっと大人の世界を知っていると言われていた(すこし、マセていた)Yくんが、教室の暗幕を引いて、レコードプレーヤーを2台持って来て、音楽をかけ始めた。
ボクとDJとの出会いだった。
その時、Yくんがかけていたのは、レゲエとスカだった。
後から知ったのだが、マッドネス、スカタライツや、トロージャンズのスカの曲から、ボクのクラブミュージックは始まったと言える。

ボクをはじめ、ノリの良い何人かの男子や、学校内で「かわいい」と噂されていた女の子が体を揺らし始める。
「おお!!これが音楽だ!!」
ボクは、誰かに教えられたわけでもない、奇妙なステップで、音楽にノリ始めた。そう、「あの娘」も踊っている!!!そうか!!これが、カッコイイということなのか!!!
しかし、教室の暗幕を引いた、YくんのDJプレイは、騒ぎを聞いて駆けつけてきた、教師たちの怒鳴り声と共に、終了となった。。。
教師は慌てて、暗幕を開けて、太陽の光を入れ始めた。
暗闇で楽しむことは、まだボクらには、早すぎる!!暗闇は、大人の世界なのである。

クラシックと中島みゆきから始まった、ボクの音楽人生。
親の影響で、中学になってからは、ビートルズに夢中になり、カーペンターズ、サイモン&ガーファンクル等、60年代、70年代の曲に夢中になり、その後、何故だか初恋の女の子が矢沢永吉を教えてくれた。
その後、映画の「アカデミー賞」を追いかけていると、音楽の「グラミー賞」の存在を知った。
ちょうど、Dr. Dre「The Chronic」や、SNOW「Informer」がテレビで流れていて、ボクは「この音楽は何なんだ!!!」と衝撃を受けたのだった。

そんな中で、スカと出会い、クラブと出会った。

教室のクラブごっこは教師に阻まれたが、中学校の卒業を目前に控えたある日・・・とうとうボクが、岡山のクラブ初体験することが出来たのは、今思えば、とても幸運だった。

岡山駅前の雑居ビルの4階に、そのクラブはあった。名前は忘れた。
岡山VIVREで全身コーディネートして行った。リーバイスのホワイトジーンズを履いていった覚えがある。
そのクラブ初体験、ライヴは、今でも忘れない、「Kyoto Jazz Massive」でした!!
踊ったねwww!!!
わけわかんないステップ踏んでたけど。。。

こうやって思い出すと、恥ずかしくって舌かんじゃって死んじゃいたいくらいですが、まぁ、「クラブが楽しい!」ってことを身をもって体験したから、いいんじゃないかな!

入口を知ったら、その後は早かった。
岡山には、表町商店街に、「GREENHOUSE」と「レコード屋」という中古レコード屋があって、路面電車の「県庁通り」電停の近くには、「アンダンテ」という、クラシック専門のレコード屋もあった。

その後、PIZZICATOFIVE、小西康陽さんの曲と出会い、電気グルーヴと出会い、CHEMICAL BROTHERSと出会い、UNDERWORLDと出会い。。。

ボクのクラブどっぷりな人生の始まりであった。

続きは、また次回!?
ということで、11月23日(土)午後3時~
蒲田スタジオオッタンタで、「土佐鶴ラウンジ」DJやります!!

無職ですがwww


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