ミルクティー

家族の形、ミルクティーのかおり

ちびまる子ちゃんのアニメや漫画でしょっちゅう緑茶を飲んでいるシーンがあるけれど、うちの家はイギリス人もびっくりするんじゃないかってくらいとにかくよく紅茶を飲む家だった。

どのくらい飲むかというと、休日など1日家にいる時だと、1日5回くらい飲む。
朝起きてパンと一緒に、昼食後に、三時のおやつに、夕食後に、そして夜10時とか11時くらい、もう寝る時間が近いというのに、1日の締めと言わんばかりに飲む。

そんな話をするとよく「優雅だね!」と言われる。あまりにも当たり前の習慣になっていたのでそんなこと思ったこともなかったけど、確かに今になって思い返せばかなり優雅な休日だな、と思う。

…………………

お茶の時間はなるべく家族で集まって飲む。誰かが「紅茶飲もう」と言い出し、お姉ちゃん淹れてや、あんた淹れえや、おとうさーん、などという誰が淹れるか合戦があったりする。うちで飲むのはたいていミルクティーだった。

部屋にいたら「紅茶入ったで〜」という声が聞こえてきて、「はーい」と言いつつだらだらしていたら「冷めたら美味しくなくなるで!?!?」と怒られたりすることもあった。

そうして、みんなで紅茶を飲みながらとりとめのない、くだらない話をする。それが家族の時間だった。

だからだと思うんだけど、うちにはやたらマグカップやティーカップが多かった。ミントンの花柄のティーカップが可愛かった。アトムの柄のマグカップが3種類くらいあった。友達にもらったサンタ柄のカップ。他にもたくさんいろんな柄のカップがあったはずだけど、思い出せない。一部は残っているけれど、多分、捨てられてしまったものも多くあるんだと思う。とにかくみんなバラバラになってしまった。

今はみんなで紅茶を飲んだあのリビングはもうない。売り払われて、今は誰か他の人が住んでいる。父、母、姉、私の四人が揃うことももうない。
今は4人ともみんなそれぞれ一人暮らし。それぞれの場所で思い思いに紅茶を飲んでいる、と思う。

母の家に行くと今でもミルクティーを飲むけれど、父の家に行くとコーヒーを飲むことが多い。父の家には牛乳がない。

ちなみに、おばあちゃんの家では、昔からレモンティーと決まっていて、薄くスライスしたレモンを浮かべて飲むちょっとすっぱい紅茶は、おばあちゃんの家の紅茶の味なのだ。
叔母さんの家に行くと中国茶を延々と飲む。どうやら、家族でお茶を飲むことが好きな家系なのかもしれない。わたしとおばあちゃん以外はみんなほとんどお酒が飲めないので、それも一つ理由かもしれない。

うちの家では、寒い冬はもちろん、暑い夏の日も、必ず決まってホットのミルクティーを飲んでいた。

テレビを見ながら、音楽を聴きながら、お菓子をつまみながら、紅茶を飲みながら。私たちは一体、何の話をしていたんだろう、どんな話をしていたんだっけ。
あんなにたくさん飲んだのに、いやあんなにたくさん飲んだからなのか、具体的に詳細に思い出せるエピソードがひとつもない。ただただ日常の風景としてその光景と甘いまろかやかなミルクティーの香りが記憶の中に漂っているだけなのだ。

初めて飲んだミルクティーはいつだっけ?小学2年生くらいの時だった気がする。それまで両親や姉が紅茶を飲んでいる側で普通のほうじ茶やオレンジジュースを飲んでいたわたしが、「紅茶を飲んでみたい」と言って淹れてもらったミルクティー。正直その時は、ジュースの方が美味しいなと思ったけれど、はじめて紅茶を飲んだわたしは、少し大人になったような気がして、(ああ、これが大人の味なんだ)と思いながらちょっと生意気な口ぶりで「へえ美味しいやん」などと言った気がする。当時のわたしにとって、「紅茶」は大人の飲み物だったのだ。

…………………

はじめてのミルクティーから早20年ちかく、一人暮らしの自分の家では(紅茶よりさらに大人の飲み物だと思っていた)コーヒーを飲むことが多くなったが、たまに牛乳を買ってきてミルクティーを淹れると、ホッと落ち着く。
ホッと落ち着くけれどしかし、一人で飲むミルクティーはやはり何か少し物足りない。コーヒーは一人で飲むのにちょうどいいけど、ミルクティーは誰かと一緒に飲みたい。そう、記憶にも残らないようなとりとめのない話をしながら。

わたしは母も父も姉もそれぞれに好きだ。いや、もちろん好きという感情だけじゃなくて、いろいろ思ったりすることもある。それはおそらく、お互いに。好きだけで完結するほど家族というのは単純なものじゃない。

だけど、「家族」「家庭」といったひとつのまとまり(組織)に関しては、今もよくわからない。今となってはそうしたまとまりはほぼ皆無となってしまったし、でもそれがわたしたちにとって一番いい形だな、とも思うから。

実家というひとつの拠点がなくなることへの寂しさがなかったといえば嘘になる。4人で集まってミルクティーを飲んだあの時間を懐かしむこともある。
だけどわたしはそれぞれに会いに行ける。それぞれの家へ行き、(もしくは家へ招き)一緒にミルクティーを飲むことができる。

以前は「家族」というものを構成する一員としてー父として、母として、姉として、妹としてーあのダイニングテーブルを囲んでいたけれど、今はすこし、違う。
自分が学生じゃなくなって親の扶養から外れ、自活できるようになったのも大きな要因だと思うけど、今はもう少し、家族という枠や役割を超えて、それぞれと一人一人、一人の人として向かいあうことができるようになった気がする。

家族の形も変わり、わたしたちそれぞれも常に変化していく。だけど「紅茶飲もか」というその声は変わらず、甘くまろやかなミルクティーの味も、変わらない。これからも多分、ずっと。


恐ろしいことに、気がついたらもう街は年末モードだ。わたしは今年も年末年始は大阪に帰るだろう。東京にいる父には年明けに会おう。こんなことを書いていたら紅茶が飲みたくなったので、美味しい紅茶の葉でもお土産に買って帰ろうかな。


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諸岡亜侑未

普段は石を彫ったりしている人です。しかし石とはとてつもなく関係ない話が多めですが、たまに石の話もしようと思います。 作品など→https://moro-oka.jimdo.com ご連絡→morooka.aym@gmail.com
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