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中沢新一『構造の奥』が語らない純粋贈与

中沢新一の新著『構造の奥』について、それが「純粋贈与」について語らないことへの疑問をテーマとした投稿です。




互酬の原理と純粋贈与


中沢新一の新著『構造の奥』は、構造人類学の可能性をテーマにしています。
それは、レヴィ・ストロースが持っていた原-構造主義を掘り起こし、未来の構造主義につながることを期待するものです。

その核心は、二項関係の変換体系としての「構造」ではなく、その奥にある複雑で動的な原理です。

中沢は、この「構造の奥」を「対称性の原理」と表現しています。

「構造の奥」を「対称性」とすることは、中沢が、「対称性人類学」を提唱したカイエ・サバージュ・シリーズの頃から言っていることで、新しいことではありません。

ですが、レヴィ・ストロースに従って、「構造の奥」を「互酬性(レシプロシティ)」とした(P123)ことは、新しい表現でしょう。
これは、構造人類学を経済人類学の交換様式のテーマとつなげるものです。

そして、中沢は、「見かけ上の互酬性」とその奥にある「真の互酬性の原理」を区別し(P147)、その「互酬性の原理」と「対称性の原理」を等値しています。

私は、この「互酬性の原理」とは、「純粋贈与(の原理)」と言い換えても良いものだと思います。


一般的に、「互酬」とは、贈与と返礼からなる交換様式です。
定住農耕文化の新石器社会では、この「贈与交換(互酬交換)」が人間を結びつける主要な経済的方法でした。

これに対して「純粋贈与」は、交換ではなく、返礼を前提とせずに一方的に贈られる贈与です。
定住以前の遊動狩猟文化の旧石器社会では、「純粋贈与」が人間を結びつける主要な方法でした。

中沢は、カイエ・サバージュIIIの『愛と経済のロゴス』で、「純粋贈与」を重要なキーワードとして取り上げていました。
ですが、『構造の奥』では、後述するように、これが重要なものであることが読み取れるのですが、これについて触れようとせず、「純粋贈与」という言葉も使っていません。

これは、どうしてでしょう。
この疑問が、本稿のテーマです。


(交換様式)(社会組織)
・純粋贈与:バンド(遊動狩猟社会)
・贈与交換:部族共同体(定住農耕社会)
・再配分 :国家
・市場交換:帝国・市民社会(資本主義社会)


サンガ経済


中沢は、第一章「構造主義の仏教的起源」に中で、仏教と民俗学(人類学)はどちらも新石器社会を思考の基軸とした、と書いています。

新石器社会が「贈与交換」を基本とするのに対して、国家社会は「再配分」という交換様式を基本とします。

中沢は、托鉢に頼って生活していた仏教の「サンガ経済」を取り上げ、それが国家社会(都市)の中で、擬似的に「対称性」、つまり、「互酬」を復活させたものであると書いています。

中沢は詳しく説明していませんが、サンガは布施をもらう代わりに、それが功徳になるという形で、宗教的信仰や聖なる価値を与えているので、「贈与交換」であるということです。

重要なのは、この「互酬」が擬似的なもの、つまり、「見かけ上の互酬性」であり、その核心には、狩猟文化の「純粋贈与」があるということです。

托鉢は、狩猟民が自然から幸をもらうのと同様な行為であって、中沢も、「純粋贈与」という言葉は使いませんが、サンガの托鉢を「狩猟採集」と同種のものと書いています。

狩猟・採集は、「自然からの贈与」である「純粋贈与」であり、「贈与交換」ではありません。


中沢が「サンガ経済」について書いていることは、「再配分」を主体とし、「互酬交換」を軽んじる国家社会の都市において、「純粋贈与」の要素を取り入れて擬似的に「互酬」を復活させているということです。

柄谷行人は、「交換様式D」というものを提唱していて、これを「再配分」や「市場交換」を主体とする社会において、高次な形で取り戻られた「互酬(贈与交換)」であると主張しています。

中沢が書いている「サンガ経済」は、この柄谷が言う「交換様式D」と一致します。
そして、柄谷は、「交換様式D」に関して、遊動狩猟文化が持っていた「原遊動性」の復活と考えています。

柄谷の「原遊動性」は、中沢における「対称性の原理」と同様な意味を持つ概念であり、どちらも、「互酬の奥」にあるものです。


山づとの交換


第4章「仮面の道の彼方へ」では、ブリティッシュ・コロンビアの神話群と日本の神話とのつながりを示しつつ、山人と山姥が市の開始に関わっていることを紹介しています。

山人と山姥は、性別未分化の狩猟民の原初の山の神から、「対称性の破れ」を起こして性別が分かれた存在です。
つまり、「対称性」をやや減じた存在ですが、それでも「対称性」を持ち、「自然の増殖力」を象徴する存在です。

山人と山姥は、冬祭りの時に里に現れて、予祝として、市が開かれる夜に舞を舞います。
つまり、山が持つ「自然の増殖力」が市を開くのです。

この時、彼らは山の富の象徴である「山づと」を持ってきて、里の富の象徴と交換する儀礼を行います。
この交換は特殊なもので、ひったくるように、あるいは、すり替えを模して行われます。

中沢は、この「山づと交換」を、「沈黙交易」と通常の「市場交換」の中間的形態と書いています。

いずれにせよ、山の幸が、「山づと交換」と「市場交換」の根源にあるということです。

中沢は書いていませんが、「サンガ経済」と同様に、「山づと交換」も「見かけ上の互酬」であり、「純粋贈与」や遊動狩猟民が関わる「自然の増殖力」を媒介にした、「対称性」の復活なのです。


「愛と経済のロゴス」における純粋贈与


中沢は『愛と経済のロゴス』で、2つの交換様式と「純粋贈与」を、ラカンの3界に対応させています。
そして、これら3つが密接に関係を結んだ状態を理想として、そこに「純粋消費」が生まれると書きます。

 (経済) (ラカン)
・商品交換 :象徴界 
・互酬交換 :想像界 
・純粋贈与 :現実界
  ↓
・純粋消費 :3界結合


第2章の「リュシアン・セバーク小伝」では、レヴィ・ストロールの弟子のリュシアン・セバークの神話論を取り上げています。
そして、レヴィ・ストロースとは異なる構造主義を掘り起こし、構造主義の未来に期待をしています。

セバークの神話論は、「重層的な次元の相関性を探る」ものです。
セバークはラカン派精神分析学者でもあるので、現実界、想像界、象徴界の相互作用を探求しているのだと。

私は、中沢が『愛と経済のロゴス』で論じた、3界と交換様式の議論を先に進めるのかと思いました。
ですが、それは行われませんでした。
第1章や第4章で交換様式をテーマに上げていることとつながりません。

私は読んでいないので分かりませんが、セバークの神話論は、それには不適当だったのかもしれません。


セバークはマルクス主義者でもあり、中沢によれば、セバークは、構造人類学が上部構造を解明することで、マルクス主義を補完する、あるいは、完成に導くと考えていました。

柄谷は、エンゲルスの史的唯物論は、生産様式がすべてを決定するのに対して、マルクルは「資本論」の価値形態論のように、交換様式を重視したと指摘しています。

ですから、上部構造を構造分析するに当たっても、下部構造の交換様式とどう関係しているかを分析することが重要だと思うのです。


中沢の「対称性」は、上部構造/下部構造を別け隔てない概念です。
「互酬の原理」も、おそらくそうでしょう。

中沢は『愛と経済のロゴス』で、「純粋贈与」を現実界(下部構造)、「互酬交換」を想像界(上部構造)に対応させています。

ですが、私は、「純粋贈与」も、上部構造/下部構造を別け隔てない概念だと思います。


対称性としての純粋贈与の原理


中沢が「純粋贈与」について語らない理由の一つは、「対称性の原理」が、相互贈与である「贈与交換」では分かりやすいのに対して、一方的贈与である「純粋贈与」では分かりにくいからかもしれません。

また、中沢は、「純粋贈与」に関して限定的にしか語っていないように思います。

中沢は、上記したように、『構造の奥』では、「自然からの贈与」としての「純粋贈与」を語っています。

人間同士の「純粋贈与」に関しては、『愛と経済のロゴス』では、「純粋消費」につながる、かなり極端なものとして語っています。

「純粋消費」は、バタイユの至高性や、フロイトの死の欲動、人類学のポトラッチの極限にあるものです。
それは、人格性を喪失し、交換されるモノ性を破壊するものだと言います。


ですが、遊動狩猟民では、「純粋贈与」は一般的な行為です。
基本的に、生産物は共有(共同寄託)され、持つ者から必要な者に「純粋贈与」されます。

「贈与交換」が主な社会では、何かをもらうと、返礼しようがしまいが、まず、「ありがとう」と言って感謝します。
ですが、遊動狩猟民は、「ありがとう」と言うこともしませんし、感謝もしません。
それが、当たり前の行為だからです。

私は、我々の日常生活の中でも、「純粋贈与」が当たり前に行われていると思います。
特に、家族や友人の間、宗教に関わる行為では、返礼を期待しない贈与が頻繁に行われます。

ただ、直接的な返礼を期待していないとしても、何らかの返礼、例えば、長期的な助け合いや、天国に行くことを期待していたり、良いことをしたという倫理的な気持ちよさや、心理的に優位な立場に立つことなどを得ていたりしますから、「互酬」であるという解釈もできなくはありません。

ですが、私は、まったく返礼を期待しない「純粋贈与」においても、その奥には、高次の「対称性(互酬)の原理」があると予想しています。


中沢は、人類学が新石器社会(定住農耕民族)を思考の基軸ににしていると書いています。
ですが、「新石器社会の奥」には旧石器社会があり、「定住農耕民の奥」には遊動狩猟民があり、「互酬の奥」には「純粋贈与」があるはずです。

『構造の奥』では、新石器社会の神話・儀礼の分析の奥に、「構造の奥」を探していますが、旧石器社会に直接見つけることはできないのでしょうか?

ちなみに、仏教のサンガについても同様のことが言えます。

サンガが新石器社会をモデルにしていると中沢は書きますが、仏教、特にチベット仏教では、寺院組織に属さない遊行僧、山岳修行僧が重要な役割を果たしてきました。
中沢が修行をしたニンマ派は、もともとそういったサンガに属さない修行者たちでした。

つまり、「サンガの奥」には、定住場所や組織への愛着を断つ遊行僧がいて、それは遊行狩猟民がモデルとも言えるのです。
なぜ、彼はこのことに目を向けないのでしょうか?

柄谷は、預言者たちは荒野に帰れと主張し、「原遊動性」を指向したと書いています。(「力と交換様式」)
ここに、中沢の「対称性の原理」へのヒントがあると思うのですが。



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