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パルチヴァールの聖杯探究

アーサー王(フランス語でアルチュール王、ドイツ語でアルトゥース王)神話群の宗教的な核心は、「聖杯伝説(聖杯探究物語)」です。

アーサー王神話、聖杯伝説は様々な国、人物によって、様々な時代に書かれました。

聖杯を手にしたとされる3人の騎士の中でも、最も重要な人物は、パルチヴァール(イングランドでは「パーシヴァル」など、ウェールズでは「ペレデュール」など、フランスでは「ペルスヴァル」など、ドイツでは「パルツィファル」、「パルチヴァール」など)だと思います。

この投稿では、最も評価の高いドイツのエッツエンバッハ版の『パルチヴァール』のあらすじと、その解釈をします。

その前に、歴史と背景を紹介します。
完全にネタバレの、長い文章となります。



歴史


聖杯物語が、口承の時代を経て、最初に文学としてまとめられたのは、12Cフランスのクレチアン・ド・トロワによる『ペルスヴァル、あるいは聖杯の物語』です。

この段階では、「聖杯(グラール)」は、不定冠詞のついた「a Graal」、つまり、普通名詞で表現されます。
聖杯は、金製ですが、キリスト教の「聖遺物・聖杯(カリス、Holy Chalice)」とは無関係で、実際には、「杯」ではなく「皿」のようです。

この物語は未完で、聖杯の由来や何であるかについて明らかにされませんでした。
そして、主人公ペルスヴァルが聖杯王になる前に終わります。
ですが、聖槍の血の意味、聖杯が供するのは誰か、という2つの質問を問うことがテーマとなっています。

このクレチアン版は未完に終わりましたが、13Cにマネシエら他の者によって、この物語の続編が4つ書かれました。
マネシエ版では、ペルスヴァルが漁夫王(聖杯王)の復讐をすることで、彼を治すことに成功します。

クレチアン版の元ネタと想定されるのは、アイルランドの冒険物語「エフトラ」や、ウェールズの古伝承集『マビノギオン』(文字化されたのは14C)です。

特に、『マビノギオン』の一篇『エヴラウクの息子ペレデュールの物語』は聖杯伝説の原型です。
この物語では、グラールは、生首を載せた盆です。
そして、主人公ペレデュールは、9人の魔女に復讐をすることで、漁夫王の傷を癒します。
フランス版で復讐がテーマであることは、このウェールズ版に由来します。


また、クレチアン版のすぐ後に、フランスのロベール・ド・ボロンがグラールをカリスと結びつけ、聖杯探究をキリスト教と結びつけました。
つまり、グラールは最後の晩餐で使われた聖遺物(杯)であり、十字架上のキリストの流れ落ちる血を受け止めた杯であると。
ただ、彼は、「聖遺物・聖器(Veissel)」と「聖杯(Saint Graal)」を区別して、前者の中にある本質の意味で後者を考えたようです。

そして、13Cには作者不詳の『聖杯の探索』のように、ランスロットの息子のガラハッドを聖杯探究の主人公とするものが現れました。
彼は聖杯王になり、最期は天に召されます。
この書でも、「聖器(Saint Vessel)」と「聖杯(Saint Graal)」は区別され、前者を見る者はいますが、後者は現れても常に布で覆われていて誰も見た者はいません。


一方、ドイツでは、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハが『パルチヴァール』を著しました。
この書では、グラールは、「ラピス・エクシリス」と呼ばれる形状不明の石で、錬金術の「賢者の石」のイメージが重ねられているようです。
主人公のパルチヴァールは最後に聖杯王になります。

ワーグナーの歌劇『パルジファル』は、主にこの物語をもとにしています。

また、ハインリッヒ・フォン・デム・チュルリン『ディウ・クローネ』のように、ゴーヴァンを聖杯探究の主人公とされるものが現れました。


その後、15Cイングランドのトマス・マロリーが著した『アーサー王の死』は、聖杯探求の主人公をガラハットとし、彼は最後に天に召されました。


聖杯の背景神話


聖杯(グラール)には、以下のように様々な背景が考えられます。

・ケルト的背景

聖杯には、食を無限に提供する、人を再生させるという特徴があり、この特徴は、ケルト神話の「魔法の大釜」と共通します。

ケルトの大釜の特徴には、
1 無限に食料を生み出す
2 死者を生き返らせる
3 智恵や予言を与える
があります。

1の特徴は「ダグダの大釜」などに見られます。
2の特徴は「ミディールの大釜」などに見られ、この話は、ウェールズ版の聖杯伝説にも、聖杯としてではなく語られます。

また、聖杯には、王を指名するという特徴がありますが、この点ではアイルランドの「ファールの石」を背景として考えることができます。

・イラン的背景

聖杯伝説のルーツを、古代スキタイ(北東イラン語族)の叙事詩伝説に求める説もあります。

イラン語族のアラン人やサルマティア人が、フン族などに追われてブリテンやガリアに侵入して定着し、それらの伝説を持ち込んだのです。
直接的には、アラン系のオセット人のナルト叙事詩が、聖杯伝説の背景として考えられます。

この中には、「ナルタモンガ」または「ナルトの啓示者」と呼ばれる魔法の杯、もしくは大釜が登場します。
この杯は、宴席で勇敢な英雄の前に現れるので、聖杯伝説での聖杯の特徴と類似しています。

主人公に関しては、パルチヴァールの原型として、ペルシャの詩人が語るケイ・ホスローやオセットの英雄バトラズとの共通性が指摘されています。
また、ガーヴァーン(ガウェイン、ゴーヴァン)は、バトラズやナルトのソスランと共通性が指摘されています。

・キリスト教的背景

先に書いたように、聖杯伝説は、イエスの最後の晩餐で使われ、磔刑の血を受けた(集めた)杯と結び付けられました。

また、教会の聖餐でぶどう酒を入れる杯(カリス)、聖体のパンを載せる皿(パテナ)がその背景にあるのではないかという推測もできます。

洗礼者ヨハネの頭を乗せた「聖皿」も、聖杯の原型として考えられます。
洗礼者ヨハネはイエスに先んじてユダヤ王によって殺され、その首をはねられましたが、この「首」やその首を乗せた「皿」が聖物として信仰されました。

先に書いたように、ウェールズ版では、聖杯は生首が載った皿ですし、最初の聖杯伝説作品であるクレチアン・ド・トロワ版でも聖杯は皿です。

キリスト教の外典によれば、総督ピラトからイエスの体を貰い受けて埋葬したアリマタヤのヨセフは、ユダヤ人たちの恨みを買って牢獄に幽閉されました。
ですが、そこに復活後のイエスが現れて彼を救い出し、ヨセフが血を集め入れた杯を差し出しました。

これらを受けて、イギリスでは、ヨセフはその聖杯とともに、ブリテンの伝説の島アヴァロンに渡り、イギリス初のキリスト教会を作ったと伝説化されました。

また、ルシファーがミカエルに負けた時に、その冠から落ちたエメラルドから聖杯が作られたとの話も作られました。

また、聖杯王(漁夫王)が敵の槍によって傷を負っているのは、イエスが十字架上でロンギヌスの槍によって脇腹を刺されたことと似ています。


あらすじ


以下、エッツエンバッハ版のあらすじをまとめます。

・1-2巻(父ガムレト)

パルチヴァールの父ガハムレトは、冒険を求めて東方へ旅立ち、バルク(バグダード)のカリフに仕えていました。
そして、黒人(ブラウン)の女王ベラカーネとその国を手に入れて、女王と結婚し、白黒斑の息子フェイレフィース(パルチヴァールの義兄)が生まれました。

ですが、ガムレトはさらに冒険を求めてスペインに向かいました。
そして、ヴァーレイスの国の女王ヘルツェロイデと結婚しました。
ですが、また、バルクに戻り、敵と戦い命を落としました。
ヘルツェロイデは悲しみの内に息子パルチヴァールを生みました。

・3巻(旅立ち)

ヘルツェロイデは、息子を騎士の戦いの世界から遠ざけるために、森に住んで育てました。

ですが、ある日パルチヴァールは、騎士の一行に出会い、アルトゥース(アーサー)王のもとで騎士になりたいと母にせがみました。
母は、わざと道化のような服を着せて、農耕馬にまたがらせて、いくつかの教えを授けて送り出しました。
母は、息子を送り出した直後に、悲しみから亡くなってしまいました。

パルチヴァールは、母の教えの言葉の表面だけを聞いて勘違いしていたため、天幕の中に眠っていたオリルス公の妻エシューテに、無理矢理口づけをして、彼女の指輪、ブローチを取り上げ、勝手に食事を食べ、その場を去りました。
エシューテはオリルス公から浮気を疑われ、ひどい扱いを受けました。

次に、パルチヴァールは、恋人の屍を抱いた女性ジグーネと出会います。
彼女は、実はパルチヴァールの従姉妹で、オリルス公が彼女の夫と、パルチヴァール伯父を殺したと教えます。
また、パルチヴァールにパルチヴァールの名前と、その意味は「真ん中を貫け」だと教えました。

パルチヴァールがアルトゥース王の宮廷にやってくると、出会った騎士たちにその姿を笑われました。
ですが、宮廷の円卓から金の杯を盗み、ぶどう酒を王妃の上にこぼした赤い騎士イテールを打ち負かしました。
そして、その鎧をまとい、馬を奪い、杯を王妃に返しました。
パルチヴァールが知りませんでしたが、その騎士は、実は、叔父でした。

次に、パルチヴァールは、グルネマンツの城で、城主の老騎士から騎士のルールを教わりました。
「不用意に相手に質問をしないように」、というのが教えの一つでした。

・4巻(結婚)

パルチヴァールが馬に行き先を任せて進むと、ブローバルツの女王コンドヴィーラムールスのところに行き着きました。
彼はそこ敵を倒し、アルトゥースに送りました。
そして、女王と結婚しました。

パルチヴァールと彼女とは、精神的な愛で結ばれ、さらに肉体的にも結ばれました。
ですが、パルチヴァールは、母のことが気になり、故郷に戻ろうと出発しました。

・5巻(聖杯城での失敗)

パルチヴァールが、馬に行き先を任せて進むと、湖のほとりで、魚釣りをしている老人に出会います。
彼に宿を尋ねると、聖杯城に招かれました。
その老人アンフォルタスは、漁夫王と呼ばれる聖杯王でした。

宴会の時、小姓が穂先から血がしたたる槍を持って現れ、さらに合計24人の乙女が、燭台、象牙の台座、蝋燭、薄い柘榴石の板、銀のナイフ、灯り、ガラスの小瓶を持って続きました。
そして、最後に、レパンセ・デ・ショイエという女性が聖杯を掲げて現れました。

聖杯の前に人が手を差し伸ばすと、その人の前に料理が整いました。
さらに、小姓が剣を持ってくると、漁夫王がこれをパルチヴァールに与えました。

パルチヴァールは、王が傷ついていることに気づいていましたが、不用意に質問をするなというグルネマンツの教えを守って、王に質問をしませんでした。

パルチヴァールが翌朝、目覚めると、誰もいませんでした。
城を出ましたが、この時、小姓に罵られました。

その後、従姉妹のジグーネに再会すると、パルチヴァールが行った城について語ってくれました。
それは、聖杯を守る一族の「ムンサルヴェーシェ(救いの山)」と呼ばれる城で、運命に定められた者しかそこに辿り着くことはできないのだと。

そして、パルチヴァールが漁夫王に問いかけをしなかったことで、名誉、栄誉を失ったと語りました。
また、聖杯王の弟のトレフリツェントは、兄の行為を償うために隠者になったことも。

また、パルチヴァールが腰に差したイテールの剣は、左右均等な両刃作りであり、第一撃では砕けないが、第二撃で砕けてしまうとのだと。

次に、パルチヴァールは、天幕の女性エシューテに再会しました。
パルチヴァールの親族の仇である夫のオリルス公は、赤い鎧の騎士の槍を持っていましたが、彼を打ち負かしました。
そして、二人を和解させて、アルトゥース王のもとに行かせました。

・6巻(円卓の騎士になる)

アルトゥース王は、パルチヴァールの働きを認めて、彼を探し始めました。

パルチヴァールは後に残してきた、愛する妻を思い出し、放心状態になっていました。
その時、アルトゥース王の騎士二人が、パルチヴァールが挑んでくると思って、襲いました。
ですが、パルチヴァールは反射的にこれを打ち負かしました。

アルトゥース王の甥のガーヴァーンは、パルチヴァールが愛の夢想に耽っていることに気づき、パルチヴァールの意識を取り戻させ、戦う意志がないことを示すと、二人は打ち解けました。
そして、二人は双子のように並んでアルトゥース王の宮廷に行き、パルチヴァールは円卓の騎士に加わりました。

ところが、饗宴中に、醜い顔をした魔女クンドリーエが現れ、漁夫王を救わなかったパルチヴァールと彼を受け入れたアルトゥース王を罵りした。

また、「魔法の城」に4人の王妃と、400人の騎士と貴婦人が捕虜になっていると、騎士たちに冒険をけしかけました。
四人の王妃とは、アルトゥース王の母、娘でガーヴァーンの母、そして、二人の妹です。

その後、騎士キングリムルゼルが現れ、ガーヴァーンに自分の王を殺したとして挑戦を申し渡しました。
これは汚名でしたが、ガーヴァーンは40日後に対決することを受け入れました。

パルチヴァールは聖杯城に戻ろうと出発しましたが、神に対する信仰を失いかけていました。

・9巻(隠者に真実を教わる)

パルチヴァールは、ジグーネに再会し、聖杯城への道を教えられました。
ですが、聖杯城の番人である騎士と戦いになり、谷に突き落とされ、馬を失いました。
その代わりに、騎士が残していった馬を奪いました。

その後、巡礼をしていた老騎士ガベニースから、聖金曜日に鎧を着た格好をしていないとたしなめられました。
パルチヴァールは自分が神への信仰を失っていることに気づいて悲嘆しました。

その後、漁夫王の弟の隠者トレフリツェントのもとにたどり着きました。
パルチヴァールは隠者に、聖杯を探していることと、妻のことが気がかりであると打ち明けました。

パルチヴァールは、かつて隠者のところから槍を持ち去り、その槍で放心状態で戦ったことに気づきました。
隠者は、その時から4年半が過ぎ去ったことを伝えました。

隠者はパルチヴァールに、神と堕天使ルシファーについて、カインが犯した罪について、聖杯の由来と聖杯を守護者の家系、聖杯白、聖杯王について教えました。

聖杯は「ラピス・エクシリス」という石で、不死鳥を再生させる力を持ち、聖杯を見た人間はしばらくは死なず、若さが保たれます。

聖杯、神が遣わした中立の天使達に守られていましたが、その後、聖堂の騎士団によって守られています。
聖金曜日に鳩がホスティア(聖体であるパン)を聖杯の上に運び、これによって聖杯が騎士団を養っています。

ですが、漁夫王は、聖杯の家系とゆかりのない公妃オルゲルーゼと恋に落ち、城を出ました。
そして、異教徒の騎士と出会って戦い、相手を殺しましたが、毒槍が睾丸に刺さり、男性機能を失う傷を負いました。

漁夫王の傷は、聖杯の力でも直すことができませんでしたが、不死の状態になりました。
そして、王は傷の悪寒に耐えきれず、定期的に(土星が周回すると)、槍先を傷に刺して、その毒によって生まれる熱で悪寒を紛らしていました。

また、聖杯城は行こうとしても行けず、選ばれた人間いか行きつけません。
そして、パルチヴァールの犯した罪、つまり、母を死なせたこと、叔父の赤い騎士イテールを殺したこと、聖杯王に問いかけなかったこと、聖杯の騎士の馬を奪ったことを指摘しました。
そして、神を信じるべきであるとも伝えました。

パルチヴァールは自分の犯した罪を悔いました。

・7-8、10-14巻(ガーヴァーンの冒険)

一方、ガーヴァーンは、何度かの戦いと、何人かの女性と恋に落ちた後、聖杯を探すことになります。
その途中、ローグロイス城近くの泉のそばでオルゲルーゼに出会い、求愛しました。

ちなみに、パルチヴァールは先に「魔法の城」の近くでオルゲルーゼに会い、彼女から誘惑されていましたが、妻がいるので断っていました。

そして、ガーヴァーンは「魔法の城」で、3つの試練を切り抜けて、4人の王妃を解放し、この城の城主になりました。
そして、「魔法の城」に捉えられていたアルトゥース王の母から、この城の次のようないきさつを聞きました。

城主だったクリンショルはシチリアの王妃イーブリスとの不実を咎められ、その夫たるイーベル王によって去勢されたのです。
彼はその報復のため、魔法で多くの騎士や貴婦人を捕らえてこの城に監禁しました。
ですが、3つの試練を切り抜けた者が現れると、彼に代わって城主となることになっていたのです。

ガーヴァーンは、オルゲルーゼの要求に従って、グラモフランツ王の守る「徳の木」の枝から作った草冠を持ち帰りました。
そのため、グラモフランツ王から一騎打ちの挑戦を受けました。

その後、ガーヴァーンとパルチヴァールは、互いに誰であるかを知らないまま出会って決闘を始めてしまいます。
ですが、すんでのところで相手が分かり、戦いをやめます。
パルチヴァールは、互いを分身のような存在であると理解しました。
そして、自分の行動を反省し、神への信仰を誓いました。

その後、アルトゥース王が、グラモフランツとオルゲルーゼを和解させ、ガーヴァーンとオルゲルーゼが結ばれました。

・15巻(義兄との出会い)

パルチヴァールは、義兄のフェイレフィースと出会い、互いに相手が誰であるか分からないまま、闘いました。
パルチヴァールがフェイレフィースにイテールから奪った剣で切りかかったところ、剣が折れてしまいました。
フェイレフィースは剣を持たない相手とは戦えないとして戦いをやめると、互いが兄弟同士であることを知りました。

アルトゥース王の宮廷でフェイレフィースを歓迎する宴を行っている時、また、魔女クンドリーエが現れ、聖杯にパルチヴァールを聖杯王にすべしという文字が現れたと告げました。

パルチヴァールとフェイレースの戦いで剣が折れるシーン(原書より)

・16巻(聖杯王になる)

パルチヴァールはフェイレフィースとともに聖杯城に行きました。

パルチヴァールは、聖杯王に、「伯父上様、どこかお痛みですか?」と尋ねると、聖杯王の傷は治りました。
そして、パルチヴァールが新しい聖杯王と認められました。

また、聖杯には次のような銘刻が現れました。
「もし、汝らの誰かが神の恵みで異教徒の支配者になった場合は、異教の徒に自らの権利を与えるように努力すべきである」

パルチヴァールの妻コンドヴィーラムールスが、知らせを受けて、彼が旅立った後に生まれた二人の息子を連れて現れました。

その息子のカルディスは母の国の王になり、父の国も取り戻すことになります。
もう一人のロヘラングリンは、聖杯護持の任務につくことになります。

フェイレフィースは、レパンセ・デ・ショイエに恋をしましたが、聖杯が見えませんでした。
ですが、洗礼を受けると、聖杯が見えるようになりました。

その後、二人はインドに行き、息子ヨーハンはキリスト教の伝道者になりました。


解釈


以下、エッツエンバッハ版の聖杯伝説『パルチヴァール』の解釈をします。

・二元性

物語が始まる前に、エッツエンバッハは、白黒の両方の色がある鳥カササギを、天国と地獄の両方につながる象徴的存在として語っています。
このカササギは、善とともに悪につながる原罪を持つ人間の象徴なのでしょう。

パルチヴァールの義兄のフェイレフィースは、混血のため白黒斑の肌でしたが、彼の場合は、少し意味が違って、キリスト教徒になる可能性のある異教徒という意味でしょう。

聖杯は、神側、ルチフェル側のどちらでもない中立の天使が守っていたとされます。
これは人間と類似した存在です。


善悪二元性は、聖俗二元性と関わります。
俗の世界には悪が存在して一定の許容をされますが、聖の世界には、悪は許されません。

『パルチヴァール』には、世俗の王・騎士団と、宗教的な聖なる王・騎士団が存在します。

前者はアルトゥース王と円卓の騎士に代表され、後者は聖杯王アンフォルタスと聖堂の騎士団です。

また、前者を代表する騎士はガーヴァーンであり、後者はパルチヴァールです。
前者は地上的な愛を追求し、後者は宗教性を追求します。

二人の冒険や試練は、とても類似していますが、その象徴するもの、聖俗の違いの点では対照的です。
それぞれが至る城は、前者が「魔法の城」であり、後者は聖杯城です。

世俗:アルトゥース王 :円卓の騎士団:ガーヴァーン :愛 :魔法の城
聖性:アンフォルタス王:聖堂の騎士団:パルチヴァール:宗教:聖杯の城

パルチヴァールが持っていた剣は、両刃の剣で、一撃目は砕けず、二撃目は砕けます。
これは、相手を殺傷する俗の面と、相手を殺さない聖の面があるということでしょう。

・二段階

聖俗二元論は、必然的に、パルチヴァールの冒険や成長の2段階に時間化されます。

パルチヴァールは、まず、世俗の成功に向かいます。
具体的には、円卓の騎士になることでそれを達成されます。
このために罪を犯すこともありますが、許容されます。

次に霊的な成功に向かいます。
具体的には、聖杯王になることで達成されます。
そのためには罪を理解して悔いる必要があります。

パルチヴァールの2人の息子は、世俗の王と、聖杯の守護者になりましたが、両者はパルチヴァールの2つの達成の象徴です。

義兄との戦いでは、両刃の剣が2撃目で砕けたことで、相手を殺しませんでした。
これは、この戦いが2段階目の達成に関わることを示します。

この2段階は、自我や社会性を獲得する成人イニシエーションと、自我や社会性を超越する成熟のイニシエーション、宗教的イニシエーションとして、普遍化することもできます。


パルチヴァールにとって、ガーヴァーンは自分自身の世俗的部分としての分身です。

パルチヴァールは、彼と知らずにガーヴァーンと対決した時、彼を打ち負かしそうになりますが、それは回避されます。
これは、宗教的次元を求めていても、自分自身の世俗的部分を否定しないことを示します。

そして、ガーヴァーンがグラモフランツ王と決闘することを引き伸ばし、結局、それを回避させることにつながります。
これは、宗教的な徳が、世俗的な次元にも及ぼされることを示します。

・不具(原罪)と再生(贖い)

聖杯王アンフォルタスは傷つき、不具となり、それを癒したパルチヴァールが次の聖杯王になります。

この不具(不毛)と再生の物語には、季節循環の物語と似た点がありますが、罪が結び付けられている点で異なります。
また、王の交代の物語と似た点がありますが、新王が旧王を助ける点で異なります。

キリスト教の贖いの物語とも似た点があります。
ですが、イエスが槍で突かれるのが一度であるのに対して、漁夫王は突かれ続けることを余儀なくされています。
また、贖いをするのが傷ついたイエスであるのに対して、漁夫王は罪を贖われる側です。

漁夫王が定期的に槍で傷を突いて血を流し、聖杯の力で生き続けるのは、ウェールズ版で、ある国の王子達が大蛇に毎日、殺されては、大釜で再生される物語と似ています。
また、ギリシャ神話で、プロメテウスが毎昼に大鷹に肝臓を食べられては、肝臓が再生する物語と似ています。

これは、人が意識や自我や理性を持ったために、無意識的な、あるいは、宗教的な創造力を抑制していまっていることを表現していると思います。
これは、旧約の知恵の木の実を食べて楽園から追放された物語の別の表現になります。

先の2段階の成長と結びつけると、出発点としての漁夫王の不具は、彼の利己的な自我に基づく罪であり、それは第1段階の成長の結果であるという解釈も可能性です。

この場合、聖杯は、無意識的な創造力、その再生力を象徴します。
漁夫王が釣ろうとしている魚、漁夫王が戦って殺した異教徒の騎士は、無意識の象徴です。
漁夫王に刺さった槍は、無意識を抑圧する利己的な意識的原理の象徴です。

ですから、2段階目の成功は、1段階目を成し遂げた自我の能力を否定することで可能となります。

聖杯城には意図しては行けず、パルチヴァールが最初に行ったのも馬に導かれてです。
つまり、自我でよってではありません。

パルチヴァールの最後の試練は、義兄との和解でした。
彼が義兄との戦いを回避したのは、隠者が語ったカインの罪を回避したことを意味します。
つまり、原罪の乗り越えです。
ですが、これも自分の意識的な力でなしとげたのではなく、剣が折れるという理由によります。

クレチアン版では、漁夫王に質問すべきは、「槍の血の意味は何か?」、「聖杯は誰に仕えるのか?」という2つの知的な質問であり、おそらくそれは、復讐の必要性を理解することであり、実際、王を癒やすのは魔女を倒すという復讐でした。

ですが、エッツエンバッハ版では、相手を気づかう利他的な質問であり、その質問自体が漁夫王を癒します。

エッツエンバッハがどれほど意図したかは分かりませんが、このように、(未成熟な)意識的自我を罪の源とする考え方が、『パルチヴァール』にはあります。

・二項の超越

自我や理性の乗り越えは、二項の超越と結びつきます。

ジグーネは「パルチヴァール」の名の意味が「真ん中を貫け」だと教えます。
これは二項の超越を意味します。

アンフォルタス王は異教徒と戦い負傷しましたが、パルチヴァールは異教徒である義兄と和解しました。
ここには、キリスト教/異教を善悪の対立と見る二項的に見方が、半ば否定されています。

これは、聖杯に浮かび上がった、異教徒を制服しても自治をさせよという思想にも表現されます。

聖杯を守っていた中立的な天使は、善悪の矛盾を抱えるということではなく、二項を媒介的に超越する存在であるとも解釈できます。

同様に、パルチヴァール両刃の剣も、二項の両立的な超越と解釈可能です。

・女性

聖杯伝説では、女性の聖性や、騎士道に則った恋愛(ミンネ)を重視しています。
その背景には、ケルト神話で、土地の女神や泉の女神の支援を取り付けることが重視されることがあるのでしょう。

聖杯王は男性ですが、聖杯を持つレパンセ・デ・ショイエは女性です。
聖杯を持つ女性は、純潔の者しか務まらないとされます。
また、聖杯城の使者であるクンドリーエも女性です。
聖杯の第一の特徴である豊穣は、女性的性質のものですから、これは当然でしょう。

聖杯王が傷を負うことになる原因も、聖杯王にふさわしくない女性オルゲルーゼに恋をしたことです。

聖なる騎士パルチヴァールは、精神的な愛、肉体的な愛の両方でつながっているコンドヴィーラムールスがいるので、オルゲルーゼの誘惑を拒否しました。

一方、俗なる騎士ガーヴァーンはオルゲルーゼと結婚します。
オルゲルーゼは不徳の象徴でしたが、ガーヴァーンに「徳の木」から草冠を取らせ、魔法にかかった女性を解放させたことで、この不徳の浄化がなされたことを示しているのでしょう。

また、従姉妹のジグーネは恋人の死を嘆き続けますが、これは、漁夫王の場合と逆の意味を持ちます。
彼女は、パルチヴァールを導きますが、彼女自身は恋人との肉体的な世俗の愛を拒絶した(先延ばしした)ために、恋人を失うのです。


ちなみに、クレチアン版では、ペルスヴァルは、女性が守る剣を手に入れること、ゴーヴァン(ガーヴァーン)は泉の乙女の愛を勝ち取ることが求められます。

また、ウェールズ版では、ペレデュールは、様々な姿で現れる女神の援助を受け、彼女を獲得します。
そして、9人の魔女を打ち負かすことが求められます。


*参考書

・「パルチヴァール」ヴォルフラム・フォン・エッツエンバッハ
・「聖杯の探索」天沢退二郎訳
・「聖杯伝説」マルコム・ゴドウィン
・「アーサー王伝説の起源」C・スコット・リトルトン、リンダ・A・マルカー
・「時をかける神話」ジョーゼフ・キャンベル
・「ケルト神話の世界」ヤン・ブレキリアン

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